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動物医療の目指すもの

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動物医療の目指すもの

『ベッツワンプレス 2013冬号(Vol.37)』 掲載分

動物医療の目指すもの
吉内 龍策
公益社団法人 大阪市獣医師会 副会長 / 全日本獣医師協同組合 理事 /
南大阪動物医療センター 病院長

明治維新の頃、日本にはまだ獣医の制度はありませんでした。この頃は馬の療治は武士の身分の「馬医」が行っていました。やがて、軍隊が洋式化され、明治6年に陸軍獣医養成のため馬医生徒15名を募集したのが、西洋獣医学教育の幕開けです。明治7年に新宿御苑に農事修学場、明治8年に札幌学校(翌年札幌農学校と改称)が開設され、以後明治13年頃には30府県に獣医講習所が開設されるに至りましたが、明治18年に公布された獣医免許規則により獣医師免許取得資格が定められたため、それらの大部分は廃止されました。存続したのは岩手県私立獣医学校(明治9年創立、県立農学校に移行)、石川県農事講習所(明治10年創立、県立松任農学校に移行)、私立獣医学校(明治14年創立、日本獣医畜産大学の起源)、山口県農学校(明治18年創立、山口大学農学部獣医学科の起源)、宮城県立農学校(明治18年創立)で、下総種畜場の変則獣医科(東京農工大学農学部獣医学科の起源)設置、明治21年の大阪府立農学校(大阪府立大学農学部獣医学科の起源)創立、明治23年の東京農林学校の東京帝国大学併合・農科大学新設・獣医学科設置、東京獣医講習所(麻布大学の起源)創立へと続きます。それ以降も新設改廃の曲折を経て、現在の16大学の獣医学科(一部学部)に至ります。

獣医学の職域

獣医師の職域も、小動物臨床、産業動物臨床、公衆衛生、各種研究職と多岐広範にわたり、全国で約36,000人(06年)の獣医師のうち、約13,000人が小動物臨床に携わり、牛や豚などを診る産業動物臨床が約4,200人、公務員獣医師が約9,100人、その他、製薬企業や研究機関で働く獣医師となっています。

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獣医学の存在意義

これらの内、食の安全の確保や農家の安定のための畜産振興は、明治期より連綿と続いた国策でもあり、おのずから社会の要請に基づいた職責を求められています。何よりも人のための安全性や予防が優先され、対象となる動物の個体よりも群が優先され、経済性が重要となります。

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一方、小動物臨床は戦後の高度経済成長を経て社会が成熟し、飼育動物に対する社会の認識が単にペットという存在から、家族の一員、伴侶としての動物という存在に変化したことで、急速に発展してきました。人がより良く生きるために動物と共棲することの重要性が広く社会に認知され、それをサポートする伴侶動物医療が求められるようになってきました。

  • Human-animal Bondと獣医学
  • 伴侶動物獣医学

従来の獣医学教育では、獣医学そのものが根本にあって、伴侶動物医療においてはそれとは別に「人と動物の絆」も大切な認識であるというように考えられて来たようです。若い獣医師の多くは、自然科学の勉強こそが重要で、社会学的な「人と動物の絆」は二の次という感覚を持っているように思われます。しかしながら、獣医学をそれぞれ対象動物の範疇ごとに分類し、産業動物獣医学と伴侶動物獣医学に分けて考えた場合、例えば前者では、口蹄疫を撲滅するためには殺処分も止むなしといった伝染病と戦うことが目的となりますが、後者の伴侶動物獣医学では、例えば担癌動物の癌の根治よりも余命を全うする間の動物と飼主の「生活の質」が優先され、「人と動物の絆」をサポートすることがその目的となります。つまり伴侶動物獣医学の存在意義そのものが「人と動物の絆」にあるのです。したがって伴侶動物医療では獣医学と「人と動物の絆」を切り離して考えることはできません。

Companion Animal

伴侶動物とは、人間の良き仲間、家族として、ともに暮らす動物達のことを指し、正しいしつけとマナーそして獣医学的なケアーを受けていることが大切です。それらの動物は、人との共存の歴史を歩んできたパートナーで、その動物の習慣や行動がよく理解でき、その動物と人との共通の感染症が十分に検証されていて、人間にとって安全であることがわかっています。そしてその動物の獣医学が十分に進歩していて、病気の予防、診断、治療に、獣医師が責任を持てることが大切です。

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Human-animal Bond

人間と伴侶動物の絆を「人と動物の絆=ヒューマンアニマルボンド」と一般に呼んでいますが、単に絆そのものだけでなく、その絆が人間社会および動物の双方にもたらす影響や意義をも含めて「人と動物の絆」と呼ぶことが多くなりました。「人と動物の絆」とは、人と動物双方の教育、福祉、医療に関わる重要な命題で、それが有効に作用したとき、人間も動物もより幸せな生活を送ることが可能となります。

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Companion Animal Medicine

では、伴侶動物のための医療はどうあるべきでしょうか。単に病気を治せば良いというものではなく、単に病気を予防すればいいというものでもないはずです。何よりも絆を最良に維持することが大きな目的となります。たとえば、ある治療を行ったとしても、それが絆にとって最良のものでなかったなら、絆の維持は困難になるからです。人と動物の幸せな絆を願う社会のニーズがあるからこそ、そこに「人と動物の絆」があるからこそ、人々は動物を連れて動物病院に来院するのです。したがって、獣医師はその「人と動物の絆」に応える仕事をしなくてはなりませんし、決して「人と動物の絆」を壊すようなことはしてはならないのです。絆を最良に維持するということは、人と動物の関係が悪い方向に変わらないように配慮することです。また、たとえ動物が死んで絆が終了しても、人々の心の中に絆が楚々として残るようにすることが大切です。伴侶動物医療とは、そこに存在する「絆」のための医療なのです。

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Bond-Centered Practice

伴侶動物医療に携わる獣医師はひとたび臨床の現場に立てば、そこに存在する「人と動物の絆」がどのようなものかを判断し、それに対して最適な治療を計画する必要があります。同じ診断であっても病態は様々です。病態によって治療法は異なるものです。さらに、人と動物の関係は千差万別で、それぞれの絆に最適な治療をみつけなくてはならないのです。したがって、ある病気で動物が来院したとしても、すべて同じ方法では治療できるはずもないのです。「Bond-Centered Practice= 絆を大切にする医療」では、家族の性格、動物の性格、家族と動物の密着度、動物の状態をすべて考慮し、その家族と動物の組み合わせに最良の治療法を探します。そして絆を美しく維持するように最大限の努力を払います。寿命が人間より短い動物が、人間より先に死ぬのは避けられません。しかし、絆が突然終了しないようにするのも伴侶動物医療の役割です。また、何で死んだのかわからないというのも苦しみの原因のひとつですから、正しい診断をつけることも大切です。動物が苦しむのを看るのも悩みになります。したがって生活の質を維持する治療も重要です。これが、癌のように完治が難しい病気を正しく診断し、治療する意義となります。治療不可能な病気でもケアーを行うことがクライアントのニーズだからです。家族の一員だから、たとえ完治不能でも、苦痛の軽減や生活の質の維持を目指します。完治が望めなくとも、もう一度家に帰って、おいしそうに食事を食べることができ、普通の活動性や通常の元気を取り戻し、明るい顔で家族との愛情交換が可能であるとしたら、そしてこの期間ができるだけ長いものであれば、「絆を大切にする医療」は目的を達したと言えるでしょう。

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絆を大切にする医療の在り方

必ずしも教科書に書いてある最新の治療法が常に選択されるべき治療とは限らないので、獣医師はその動物と家族にとって最良の治療を探します。その上で獣医師が治療を計画し、いくつかのオプションを考え、家族と一緒に最良の治療を決めていく、これがインフォームドコンセントです。伴侶動物医療では、必ず家族の同意を得る必要があります。動物だけでなく家族も満足しなくてはなりません。言い換えれば家族と動物の間の絆を今まで通りに 維持しなくてはならないのです。そういった意味で常に家族とのコミュニケーションを大切にし、押しつけではないインフォームドコンセントに基づき、獣医師と家族が共に考えながら最良の治療法を模索する過程、これが「絆を大切にする医療」の基本なのです。

この「絆を大切にする医療」の担い手は必ずしも獣医師ばかりではありません。動物病院で働くすべてのスタッフが同じ思いを共有し、実践することが必要です。そこで、南大阪動物医療センターでは次のような行動指針を掲げ、日々の診療に当たっています。

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1 . 世界の獣医学を常に学び実践します。
2 . クライアントの心、動物の気持ちを理解し、思いやりのあるケアーを提供していきます。
3 . 人と動物の生活の質の向上に貢献することに誇りを持ちます。
4 . 最大の喜びはクライアントと動物に感謝されることです。
5 . 常に人格の向上を目指します。
6 . 相手を尊重し、不足している部分を責めるのではなく、補うことで成長を促します。
7 . 積極的な態度を常にもち、スピードと質の高さを向上させます。

「人と動物の絆」が家族を幸福にし、社会を豊かにしてくれることに、疑いの余地はありません。その「絆」と真っ直ぐに向き合うことこそ「獣医道」精神の真髄ではないでしょうか。

※Bond-Centered Practice の考え方を日本にご紹介くださった石田卓夫先生に謝意を表します。