大阪ぺピイ動物看護専門学校 マナーとコミュニケーション講師 坂上 緑
院長と勤務医の違い
私は仕事柄、多くの獣医師の先生、特に院長先生と話をする機会があります。当然ながら、個性豊かな(笑)先生ばかりで、獣医療、また、病院経営に関してのお考えは千差万別です。どの業界も同じように、経営は社長が主役、経営ビジョンは様々あって当然と考えます。
飼い主さんからすると、実は院長先生については「シャイでぼそぼそ話すところ」や、「はっきり真剣に怒るところ」が好きだったりもして、つくづくファンの好みは様々だなあと感じます。動物病院は受け容れられる顧客数に限りがありますから、それがいいのでしょう。一日に1000人の飼い主さんに来られても困りますしね。
しかし、スタッフがぼそぼそだったり、飼い主を真剣に叱りつけたりするようではまずいですよね。スタッフは「補助」ですから、あまりにも個性的な部分はマイナスに受け止められることもあるのではないかと思います。
飼い主の本音
物販ではなく、知識、技術を提供する職業は獣医師に限らず、若い人は顧客にとって「経験が少ない」というマイナスからスタートしますね。若い先生の発音が明瞭でなかったり、髪がかなり茶色だったり、前髪が額に下りていて、年齢よりずっと子供っぽく見えたりすると、飼い主さんの不安を煽ります。白衣を着ていても、インターンの学生さんと勘違いされてしまうかもしれません。
職業には「相手が期待するイメージ」があります。「どんな風にイメージされるか」を考えることは重要だと思います。イメージに沿わない相手からのメッセージは前向きに受け止めにくいからです。獣医師指名制を導入なさっている病院もありますが、そうでなければ、どの先生に診ていただけるかは行ってみなければわかりません。飼い主さんの立場から言えば、「うちの子は、院長先生、またはベテランの先生に診ていただきたい」のが本音です。しかし、若い先生方に臨床体験を積んでいただかなければ、獣医療の発展もないということもわかっています。だから症状がシリアスな状態でなければ、あるいは相当神経質な性格でなければ、たいていの飼い主さんは新人の先生を前向きに受け止めてくださると思います。
先日、新卒の勤務医の先生方の研修をさせていただく機会がありました。白衣や手術着を脱げば、まだまだ学生さんに見える方ばかりです。そこでご指導させていただた内容の中から、少しご紹介します。
どんな業界でも若い人に期待されるものは、「やる気」と「礼儀正しさ」ではないでしょうか。若さあふれる先生はそれが伝わるように飼い主さんに接してください。
診察室で初めて会った飼い主さんへのアプローチ
- 「山田さんおまたせしました。獣医師の○○○です」
大きめの声で歯切れよく、飼い主さんと目を合わせて
- 「ペピイちゃん、こんにちは。」
にっこり、動物の目の高さに合わせて体を折って
- 「昨日から下痢をしてるんですね」
カルテを見て、飼い主さんと再び目を合わせて
-
開口一番相手の名前を呼ぶことで、親しみを、「お待たせしました」と簡単な接客用語を取り入れることで、社会人としてのコミュニケーションスキルをアピールすると同時に、飼い主さんへの心のスタンスが伝わります。獣医師であることを明確にすることにより飼い主さんの安心感が得られます。
動物看護師さんには女性が多いですから、特に女性の獣医師の先生はおっしゃるとよいと思います。名乗ることでプロとしての自分のモチベーションも高まるとともに、仕事に責任を負う意思が伝わります。
- 本当の患者は動物ですから、名前を呼んでください。
仕事の場でも若い先生なら、男女問わず、「こんにちは」という挨拶は自然に年齢にマッチすると思います。
- 問診で記録された主訴をもう一度ここで繰り返すことにより、病院全体のコミュニケーションがうまく取れていることがアピールできます。
出会い頭の3センテンス。スムーズに言えば、7~8秒。ここでその先生の第一印象は決まります。飼い主さんが先生に対する心の方向を決めるのです。ここがうまくけば、その後の診察、診断、処置の仕方、説明、すべて前向きに受け止めてもらえます。
また動物は動くものを目で追いますが、人間も同じです。この7~8秒で、視線を人と動物とカルテの3箇所に動かし、途中で体を折って動物の目の高さに合わせる動きをして見せることで、てきぱき動く人、判断の早い人というイメージが伝わり、「この人をもっと見たい」という思いが無意識に芽生えています。
「信じさせてくれる」先生
正直、私たち素人にとって、医師の診断の信憑性は正確に判断できません。特に獣医療の効果は動物を注意深く観察するしかなく、自分で体感できません。
目に見える回復が待ちきれず、他の病院に行った途端によくなったという現象だけを見て、病院の評価をする人も多いでしょう。先に行った病院の治療や処置の効果がたまたまそのタイミングで現れたのかも…という発想にはなかなか至らないのが素人です。
飼い主さんの評価はそのまま地域のコミュニティで情報として伝わる可能性も高いですね。正しい診断と処置を施したのに飼い主さんが回復を待つ間に不安になってしまったのは、獣医師の先生から「信頼」が伝えられなかったからでしょう。信じるしかない私たちに「信じさせてくれる」ことは開業医に期待されるサービスだと思います。
来院の飼い主さんの多くは「院長先生のファン」です。ファンは院長先生を信じています。院長先生が採用した先生は信じたいです。勤務医の先生にも同じだけの診察料を払います。勤務医の先生に当たった飼い主さんが、院長先生でなかったことをアンラッキーに感じることのないように、努めていただければ嬉しく思います。
ご指導させていただいた病院の新人の先生方は、男女取り混ぜて4名でしたが、皆さん、診察室でのお迎えから、症状の説明、待合室へのお送り、電話応対、敬語の講義など、2日間で6時間、とても熱心に研修に取り組まれました。朝と夕方の診察の間で大変だったと思いますが、「就職活動の履歴書に『獣医師は接客業だと思っています』と書いたんです」とおっしゃった新人先生のさわやかな笑顔が印象に残っています。
著者紹介
- 坂上 緑(さかがみ みどり)
- 大阪ペピイ動物看護専門学校「マナーとコミュニケーション」講師。
フリーアナウンサーとして活動しながら、国際博覧会、専門教育機関、店舗、企業で接客,セルフプレゼンテーションの研修講師を務める。大阪府箕面市「北摂夜間救急動物病院」顧問。第25回動物臨床医学会スタッフセミナーで「飼い主さんと良い関係を築くために」のテーマで講演を実施。
?