株式会社マンズ・リソース 代表取締役 星野 惠子
世の中にCS(顧客満足)の考え方が浸透し、顧客意識が高まる中、動物病院においても飼い主様の満足の度合いによって「選ばれる動物病院」が決まるという現状です。どのようにして選ばれるかといえば、最終的にはそこで働く「人」そのものに行き着きます。他に負けない医療レベル・知識の量・施設の優秀性を持ちながら見逃されがちで、しかも、実はすべてが実るか否かを決定づける“人との接点のつなぎ方”を、一人一人が自信を持って実践することこそが、最も効果的且つ必要だと思われます。つまり、「人材」を「人財」に育てることが、今後の動物病院を支える土台となります。
「いい動物病院知らない?」「あ、○○動物病院、いいわよ。でも、どうして?」「実はね」・・飼い主同士の会話では、よく耳にする会話です。そういう私自身も飼い主として経験があります。動物病院ほど、口(くち)コミ伝達力の強い業種はそうないかもしれません。
動物病院の評判は大きく分けて (1)動物に対する治療の質そのもの (2)動物に対する接し方 (3)飼い主に対する接し方 (4)立地やハード面 の4つの方向から見ることができます。これら4つの内、(4)は大きな判断基準ではありません。どんなに遠くても、(1)~(3)が満たされれば、新幹線に乗ってでも通おうとするのが飼い主の心理です。
(1)の治療そのものの質は、当然一番です。これなしには飼い主様は来院しません。次に、(2)の動物への接し方にも技術が必要ですから、動物が安心する保定の仕方など、看護師の方を中心に研鑽が必要でしょう。
しかし、それだけの技術向上や研鑽を重ねながら、その努力が飼い主様に伝わらない現実も実感されているのではないでしょうか?私は医療・福祉・サービス業など、様々な業種に関わって来ましたが、他業種に比べて、動物病院の接遇はまだ個別の差が大きい業種であると感じています。一番差が大きいところは(3)の「飼い主様に対する接し方」です。そして、その基礎力を作るのが「接遇」であると言えます。
私は研修の際、「接遇」の意味を「相手の立場に立つこと」とお伝えしています。一般的に言われる「もてなし」という意味より、「今、どんな気持ちですか?どうして欲しいですか?私にできることはありませんか?」という姿勢そのもの、そしてそれが伝わるための技術です。
相手を大切にする気持ちが伝わるためには、獣医師・看護師を含めたすべてのスタッフの意識とともに、その表現方法の技術が必要です。接遇研修では、飼い主様の気持ちにそった聴き方やカウンセリング技術・クレーム対応・電話対応・説明の技術など、獣医師・看護師・受付担当など全てのスタッフに共通した訓練が多々あります。しかし、どのような訓練よりもまず始めに、「接遇の基本五原則」を身につける必要があると考えています。
それらは以下の5つです。
1)挨拶 2)表情 3)身だしなみ 4)言葉遣い 5)態度
当たり前のことばかりです。しかし、例えば、一言で「挨拶」といっても、ただのセリフでは挨拶とは言いません。
1)挨拶
みなさんは、たまたま複数の飼い主様が同時に受付に来られた際、どんな挨拶をしていますか?目の前の方に丁寧な挨拶をするのは当然です。しかし、後ろで不安げに待っている新患の方には、どの程度の声かけを、どのタイミングで出来ていますか?ドアや窓などのガラス越しに、立っている飼い主様の姿は見えていますか?「あなたのことは、ちゃんとわかっています」というメッセージが、一刻も早く温かく伝わらないと、挨拶ができているとは言えません。そしてその表現力はいかがですか?声は?表情は?アイコンタクトは?そしてどんな言葉を?100人いらしたら100通りの挨拶があります。
2)表情
笑顔だけでなく、様々な状況で、表情には気持ちを伝える大きな力があります。それらを上手に伝えられていますか?
笑顔が苦手な方もありますね。そのような方達が少しでも笑顔を増やせるように、研修では笑顔訓練やビデオ撮影などで、いろいろな体験をします。また、スタッフ間のコミュニケーションが日頃の表情にも影響しますね。
3)身だしなみ
医療機関では最高の清潔感を求められます。飼い主側は動物が感染しないようにと心配していることもあり、院内の清潔管理を、飼い主様に目で見て分かるように表現することも必要です。身だしなみは、その大切な一環でもあります。チェックリストに基づいて毎日チェックするなどの工夫をしながら、馴れ合いにならないような注意が必要です。
4)言葉遣い
言葉遣いについて説明するには紙面が足りませんが、ポイントは (1)明るく (2)やさしく (3)美しく、です。診察後に不安な気持ちで会計を済ませようとしている飼い主様に、「お薬は~です。このように~して飲ませてください。お会計は○○円です。お大事になさってください」といったやり取り以外にも、表現の仕方は色々です。共感的な言葉を足すことも大切です。しかし、やり過ぎも難しいところです。そんな時、日常の普通の事務的なやり取りの中でも、声のトーンや大きさ、速度などによって、共感的に伝えられる方法はあります。気持ちを伝えるコミュニケーションでは、言語:非言語=7:93 という結果が出ています。つまり、「言葉選び+話し方」の両方を合わせて「言葉遣い」になるということです。これは獣医師・看護師の説明の際にも同じことが言えます。グリーフ・ケア(動物を亡くした飼い主様へのケア)としての言葉かけは、飼い主様ご家族にとって一生心に残るものです。飼い主様の心を癒せるのも、治療に携わった動物病院のスタッフだからこそ、です。
5)態度
態度には「内面的態度」と「外面的態度」があります。それら両者が一致して初めて、本当に心の伝わる接遇となります。内面的態度は、いわゆる心の持ち方です。相手の立場に立とうとするプロ意識、私的な感情を上手にコントロールする能力、いつも周囲から見られているという責任感などが挙げられます。外面的態度は、それらのプロ意識が外に表現されるための具体的な動作です。受付での診察券や金銭の授受の仕方ひとつ、飼い主様を呼び出す姿勢ひとつ、案内するときの歩き方ひとつが、「大切にされている」と感じさせるものかどうかという印象につながります。内面と外面が一致して初めて、気持ちの良い応対が完成します。
接遇の訓練は、上記のような基本から始め、ひとつひとつを「分かる」から「できる」になるように実践することです。これらが身につくことで、さりげない一言、さりげない仕草に、思いやりの気持ちが見えるものです。
動物病院で働く皆さんが、その志と素晴らしい医療技術を持ちながら、動物や飼い主様に沿った想いが伝わらないなんて、もったいない話はありません。スタッフ間で成長する訓練を毎日少しずつでも、実践してみてはいかがでしょうか?朝礼のときでも、ミーティングでも、繰り返すことが近道です。皆さんの職場に合った教育・指導体制を固めることで、それは新人のスタッフにも継承されます。
もう一度、スタッフ全員の「接遇力」を見直してみませんか?
著者紹介
- 星野 惠子
- ● 株式会社マンズ・リソース 代表取締役
● 元日本航空国際線客室乗務員 ● 元JALアカデミー接遇インストラクター
● 日本ベビーコーチング協会理事 ● KMC認定心理カウンセラー
これまで病院・医療専門学校・福祉施設・動物病院を含め、600団体以上において接遇研修・心理セミナーを担当。
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