大阪ぺピイ動物看護専門学校 マナーとコミュニケーション講師 坂上 緑
犬フィラリア症の予防薬を1年分、まとめて購入する飼い主さんは、それなりに予防の知識もお持ちで意識も高い方だと思います。ですが、まとめて購入するとなると、金額がかさむため、分割で購入される方もかなりいらっしゃいますね。
こういったフィラリア症の予防薬を何度かにわけて購入される飼い主さんにお伝えしなくてはならないことの第一は、「予防のためには、継続して投薬し、ドロップアウトしないことが一番大切なんですよ」ということです。先生の病院では、分割で購入する飼い主さんの完全継続率はどのくらいでしょうか?春先に来院されて、きちんと検査を受け、予防薬を購入されるということは、飼い主さんにも予防の意識がおありなのですから、是非、しっかり飼い主さんに伝えて理解していただき、毎年完全に継続して与えていただけるようになっていただきたいものです。
「看護士にこういった説明業務を移行していくと、回転率がよくなるのならそうしたいところだが、獣医師が説明しないと飼い主さんが不安・不満を感じる・・・」といったことをよく聞きます。しかし、これは、人材としての動物看護士を病院が強くアピールしていないということが一因ではないでしょうか。
薬袋に書いてないことを口頭で申し添える
ドロップ率がもし高いようなら、看護士は、予防薬を飼い主さんへお渡しする時に、3錠(ブロック、包)見せて「フィラリアのお薬3ヵ月分です」と渡しているだけではありませんか?このような「見ればわかること」を伝えるのが説明だと勘違いしている方はたくさんいらっしゃいます。この後、「○月まで毎月、続けて飲ませることが大切ですから、次回はいついつまでに、追加を取りにお越しくださいね」と申し添えることがとても重要ですね。帰り際に伝えたことは記憶に残りやすいのです。次回来院の日付も袋に書いておきましょう。
飼い主さんは、動物病院で日常生活を過ごしているわけではありませんから、病院のスタッフにとっては、あまりにも常識的なことでも1年経ったら、忘れてしまっているものだと思っていただいてよいと思います。特に最後の薬を渡すときには「蚊が出なくなってから翌月までですから、このあたりでは○月まではきちんと飲ませてあげてくださいね」などと、説明をすればよいでしょう。これなら、新人の看護士でも十分に出来ると思います。フィラリアの予防薬を飼い主さんに説明をする頻度はとても高いのですから、何度もするうちに、すぐにうまくなるでしょう。
飼い主が質問するのは頼りがいを感じている証拠
書いていないことを説明すると、飼い主さんも看護士に頼りがいを感じて、ちょっと質問をしてみたくなったりします。「これを飲ませていたら、蚊に刺されても感染しないんですよね?」等。すると、何故蚊が出なくなってから、もう1 ヵ月投薬する必要があるのかを説明するチャンスが看護士に訪れますね。ここで少し大きめの声で、カウンターで説明することにより、待合室で待っている飼い主さん達の耳にもそれとなく入りますから、立派にクライアントエデュケーションとなり、同時に説明している看護士をアピールすることになります。
忙しくて、とても一人一人にそんな説明をしている時間はないんです…とよく言われますが、それは、薬を全て袋につめてしまってから飼い主さんの呼び出しをするからです。薬は出した状態で呼び出し、個数を確認していただいて、詰めながら説明をすれば、時間はそれほど変わりません。手と口を同時に動かすということです。フィラリアの投薬はドロップアウトされては意味がありませんし、動物のため、飼い主さんの啓蒙のため、病院の利益のため…総合的な効果を考えると、そこで数十秒多めにかかったとしても十分な価値があると思います。
説明業務はスタッフのモチベーションを高める
診察室では完全に獣医師の補助業務に徹する看護士たちですが、待合カウンターで、このような説明の機会を持つことで、プロ意識も高まります。ワクチンや、療法食などについて熱心に勉強をなさる看護士さんは多いのですが、知識を持っていても、なかなかアウトプットする機会がなければ、説明業務は何でも獣医師に頼りきりになってしまい、ますます獣医師が忙しくなってしまう…という状況が続くでしょう。基本的には「誰に対しても同じ説明」ですむものは、看護士に説明業務を移行させることをお勧めします。
獣医師は診察室で、その日、購入する薬の数を確認したら、「では、お帰りの際に、詳しくは看護士の○○が説明します」という連携も大切です。看護士の名前を挙げて、引き継ぐことで、責任感も培われていくし、飼い主さんも看護士の名前を意識してくださるようになるでしょう。フィラリア予防薬の追加で来院の飼い主さんがまだいらっしゃると思います。忙しい春先ではなくて、ちょっと余裕のある時期に、スタッフの説明に追加導入を始めてみられてはいかがでしょう。
スタッフは病院の商品の一部
スタッフも商品の一部です。旅行に随行するツアーコンダクターと同じですね。最初に見て、頼りがいがありそうなら、お客は安心します。待合室のカウンターで、看護士が、説明業務を担うことで、病院はスタッフを飼い主に向けてプレゼンすることになります。
普通の飼い主であった私が「フィラリアの予防は絶対に怠ってはならないわ」と感じたのは、開かれた心臓から、白い細長い虫が無数に這い出している写真を見たときです。獣医療に携わる方なら、見慣れた写真だろうと思いますが、強いインパクトがありました。飼い主さんも見たことがある方は多いかもしれませんが、フィラリアと繋げて、どの程度の飼い主さんが理解していらっしゃるかは疑問です。予防薬を渡すときに同時にそのような写真を見てもらうと繋がりやすいでしょう。もしも可能なら、見せる写真はノートパソコンに取り込んで、マウス操作で出てくるようにしておくとよいでしょう。パソコンを操作する人は、全く操作できないご年配の方から見たら、「すごい!」という印象があるようです。私は新幹線の中で、よくノートパソコンを開いて原稿を打ち込んでいますが、隣に座っているご年配の方から、「たいしたもんですね~」などと、何回か声をかけられました(笑)。カウンターでノートパソコンを使って、その写真を見せる操作を行うだけで、そう感じてもらえるなら、こんなに簡単なことはありません。プレゼンツールは演出を効果的にする、重要な役割を果たします。
パソコンを操作し、すらすらと説明をする看護士を待合室で見ていたら、飼い主さんは頼りがいを感じ、その看護士ならば、診察室で自分の子を保定する時も、まかせる安心感が違ってきます。動物が動くなど、ちょっと不具合が起きた時のストレスの感じ方も違います。
フィラリアに限らず、頻度の高い説明は看護士に移行し、うちには有能で、仕事の出来るスタッフが揃っている…それを飼い主さんに伝えていく意識を持って工夫していただければ、顧客心理にかなったプレゼンテーションが出来ると思います。
著者紹介
- 坂上 緑(さかがみ みどり)
- 大阪ペピイ動物看護専門学校「マナーとコミュニケーション」講師。
フリーアナウンサーとして活動しながら、国際博覧会、専門教育機関、店舗、企業で接客、セルフプレゼンテーションの研修講師を務める。大阪府箕面市「北摂夜間救急動物病院」顧問。第25回動物臨床医学会スタッフセミナーで「飼い主さんと良い関係を築くために」のテーマで講演を実施。
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