真面目に一生懸命に業務に取り組んでいると、見えなくなるのが「全体の様子」です。
飼い主さんに「まだ時間がかかるんですか?」と受付で聞かれて、はっと気づけば薬のカウンターにその方のカルテが…
いつから置かれていたのか、忙しくて気づかなかった…というようなこともあるようです。
相当待っていらしたのでしょう、「お待たせして申し訳ございませんでした」と謝ったけれど、
飼い主さんは、無表情のままお帰りに・・・これでは、病院として一生懸命に診た甲斐がありません。
目が回るほど忙しい時、ここに薬待ちのカルテがありますよと誰かが教えてくれたらどんなにいいでしょう。
オペレーションとマネジメント
一般に業務はオペレーション(作業)とマネジメント(管理)分類されます。オペレーションはその組織が提供するものの実現を担う第一線の仕事です。つまり診察、手術など獣医療に関わる全てと、受付⇒診察⇒精算などの流れの中に発生する業務全てですね。作業をガイド、コントロールするのがマネジメントです。
接客技術と言うと、言葉遣いや立ち居振る舞いの技術と思われがちですし、私の接客セミナーも個々の接客技術向上がテーマです。しかし個々がすばらしい接客技術を身に付ければ現場がOK というわけではありません。セミナーにいらっしゃる方々にお伝えできるのは受付、精算、電話応対等オペレーションに分類される業務に限られるからです。忙しくなってくると個々の接客技術だけでは物理的に限界があります。みんなが、自分がかかっている作業に手一杯で、他のことまで気が回らなくなるからですね。
獣医師が処方済みのカルテを所定の位置に置いておけば、看護師の誰かが薬を作ってくれるはずだし、薬の用意ができれは、作った人がカルテと共に受付に回してくるはず…なのですが、たまたま診察補助や検査やレントゲンに手をとられていたし、受付では精算がいくつも重なり、その上長引く電話までかかってきて…という状況であれば、たまたま「運の悪い飼い主様」が出てきてしまうことになります。多くの飼い主様にとって「まだですか?」という質問は、「まだかな?」と思ってすぐに発せられるわけではありません。たいていは、もう少し様子を見てみようとか、あと5分だけ待ってみようとか、逡巡した後に「我慢できなくなって」するものですから、質問した時はかなり不快感情になっています。ましてや、どうやら、放置されていたらしいと察知すると、いくら「申し訳ございません」と丁寧に謝ったところで、帰るまでにご機嫌を直すと言うのはちょっと難しいでしょう。
マネージャーの役割
ある程度規模の大きいレストランなどにホール(フロア)マネージャーがいるのをご存知でしょうか? 彼らは客席全体の状況をいつも見ていて、店全体に指示を出しています。お客様のニーズ(アイコンタクト、呼ばれること、料理をこぼすなどトラブルの対処)にすぐに応じ、更にウェイティングスペースの人への声かけ、重なった精算客への声かけ等忙しい時に「手が回らない部分」をフォローします。必要なことはマネージャーから指示が出るので、注文をとったり、料理を運んだりしている配膳係はフロア全体に目を配る必要がなく、自分の仕事に専念できます。マネージャーも料理を運ぶことはもちろんありますが、彼(女)は、それより客席全体の管理業務を優先します。
規模によりますが、マネジメント業務を担う人が必要な動物病院も、昨今では少なくないと思います。忙しい日には獣医師以外の誰かがこの役割を優先して担うと、全員で作業をするより、うまくいくかもしれません。作業の優先順位がわかるからです。看護師の中で、キャリアがあり、病院のこと、飼い主さんのことが全体によくわかっている人が適任だと思います。ただ、そういう方は、看護師としてのスキルも高いでしょう。看護師業務を忙しい日に優先しないとなると、処置、診察が大変になるでしょうが「どうしてもその人でなければできない」事以外は他の看護師のスキルアップの機会ととらえて、全員で頑張れるならば、試してみてもいいかもしれません。ただ、フロアマネージャーと動物看護師では、「適材適所」が一致するとは限りません。医療とは、患部という狭い範囲を集中して凝視する仕事なので、長年そういう仕事をしてきた人にとって、突然視野を拡大して全体を見る業務は難しいこともあるでしょう。ですが、動物病院のフロアマネジメントは、動物病院の業務を理解している人でなければできないというのも事実です。これをお読みになって「それもおもしろそうだからやってみたい!」と感じる方ならば、できるのではないかと私は思います。
マネージャーがいないなら・・・
受付カウンターは待合室「管理」が重要な業務なのですが、受付と精算等の「作業」をする場所とだけ思っている人は多いようです。「マネジメント」の意識がないのは、そのよう体験がなければ発想として思いつくことが難しいからでしょう。待合室にいる飼い主さん達一人ひとりが、診察待ちなのか、検査待ちなのか、精算待ちなのか、薬だけをもらいに来ているのか、またどれくらい待っているのか等、把握できていない状況ならば、当然、飼い主さんのニーズにこたえることは難しくなります。
複数人で仕事をしているのに、マネジメントの役割を担う人がいない状況ならば、組織が全体の状況を把握できるシステム作りが必要です。院内の飼い主様がどういう状況なのか、受付の人に、もしも受付担当が決まっていないのならば、受付に入る人全員に、わかるように工夫をしましょう。
例えばホワイトボードのようなものに、カルテを出した人の診察券を来院順に貼っていき、診察待ち、診察(処置)中、検査待ち、薬待ち、精算待ちなどの欄のマグネットを移動するなどです。全員の業務動線の効率を考えた場所に設置するとよいでしょう。例えば獣医師は診察が終わり、薬の処方を書き込んだカルテを所定の場所に置く時、その患者のマグネットを「診察中」から「薬待ち」に移動するという作業が一つ増えますが、その作業に費やすエネルギーは微々たるものです。受付に出る人が一目瞭然で院内にいる飼い主様の状況がわかるなら、うっかり飼い主様を放置してしまうミスを防げるし、診察中に看護師からの質問も減り、診察に集中できます。
組織としてのCS を目指すなら、処置の技術、応対技術、というオペレーションだけではなく、それらをマネジメントの中で統合して提供することを考えなくてはならないと思います。このようなことは、セミナーに出てくださった一部の人にお伝えしても効果が出にくく、(出てくださった方が院長先生か、病院の経営に携わる方なら別ですが)動物病院全体で取り組んでいただかなくては効果ありません。個々の接客技術を向上させることと合わせて、多くの病院で取り組んでいただけたらと願うことの一つです。
著者紹介
- 動物病院接客コンサルタント
坂上 緑(さかがみ みどり)
- ●大阪ペピイ動物看護専門学校 マナーとコミュニケーション講師
- ●株式会社葉月会 北摂夜間救急動物病院 顧問
- 動物病院に特化した接客セミナー、講演を全国展開
- 【出版物】
- 『飼い主さんとのコミュニケーション講座』
- 書籍、DVD (インターズー)
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