私たちを取り巻く社会環境は刻々と変化しています。今後予測されている人口の減少(少子高齢化社会)と犬、猫の飼育頭数の減少、高いレベルの動物医療を望む飼い主の増加、飼育環境の改善や適切な動物医療による長寿化など、地域の動物病院、獣医師、動物看護師にもこれらに対する多様な対応が必要になっています。
この「動物病院の成長マネジメント」シリーズでは、動物病院・院長先生へのインタビューを通して、実際に行っている取り組みや事例の紹介から、「動物病院」が一層発展するために必要なポイントについて考えてみたいと思います。
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開業された時の話を聞かせてください
大阪府立大を2000年(平成12年)に卒業し、約6年間勤務医を経験しました。その後、この場所で2006年に開業し、今年で9年になります。開業には3,500万円ほどの資金が必要でしたので、自己資金では不足する分を金融機関から借り入れました。現在のスタッフは、獣医師が私ともう一人、藤原千春先生(私の妻です)と、動物看護師が3名です。
ご夫婦でされておられるのですね
同じ大阪府立大の出身です。育児が一段落してきたので少しずつですが病院を手伝ってもらっています。色々なことの相談相手にもなってくれています。
先生が大事にしていること、病院の方針などについてお聞かせください。
「誠実に対応する」、ことでしょうか。他の病院と違ったこと、特別なことはできませんので、飼い主さんにとって何がベストなのかを第一に考えて丁寧に診察を行っています。飼い主さんにも動物たちにも信頼される地域のホームドクターでありたいと考えています。
問診票は飼い主さんに書いてもらっていますが、初診の場合は家庭環境の情報、たとえば家族構成や職業、飼育環境、ペットをどこから入手されたのか、その時期や状況なども細かく聞くようにしています。動物の状態だけでなく、それ以外のことも飼い主さんが話しやすいような雰囲気作りや応対を心がけています。時には飼い主さんご自身の健康状態や悩み事をお聞きすることもあります。飼い主さんがどんなことでも相談してくれる“身近な先生”でいたいですね。
ホームページでは「どうぶつたちと飼い主さまの幸せな時間をお手伝いします」というメッセージを出されておられますね。
一次診療を丁寧に実践すること、これを大事にしていることはお話ししましたが、病気未満、治療の対象にはならないことも、私の病院では積極的に対応していきたいと考えています。ホームドクターとして病気を治すことと同時に病気を防ぎ、飼い主さんが愛犬や愛猫たちと長く一緒に健康でいられるようにするためにできることは何でもしていこう、と。その気持ちを言葉にするとこうなりました。
待合室に「鍼灸・漢方外来のご案内」の掲示物がありますが、これは?
妻の千春獣医師に担当してもらっています。彼女から詳しく説明してもらった方がいいですね。
(藤原千春先生)
私が勤務医の時、女性の獣医師が結婚や出産を機に臨床の現場から離れたり家庭に入ってしまったりする場面を数多く見てきました。私自身も仕事と家庭の両立は難しいと感じていました。そこで、今の自分にしかできない専門分野を身につけようと考えました。
夫とも相談して1年半ほど東京へ通い、小動物臨床鍼灸学コースを修了することができました。
飼い主さんがホームドクターに望むことは愛犬や愛猫たちの健康をそばで一緒に見守ってくれることだと考えています。私の実家にいた愛犬のことをお話ししますと、末期ガンのため最期は少し体を動かすだけでもとても辛そうな状態でした。そんな時、私が経絡マッサージをしたのですが、この子がなんとも幸せそうな顔をしてうれしそうに体を寄せてくれたんです。その様子を見て私の母も「この子のこんな穏やかな顔を見たのは久しぶり」と、とても喜んでくれました。とても些細なことではありますが、最期まで幸せのサポートができる東洋医学の素晴らしさに触れた一件でした。
東洋医学は体のバランスを整えて自己治癒力をひき出す医療で、未病(検査上の数値の異常はでていないが不調である状態)を治すことや、老化に伴う症状の緩和、慢性疾患の子の体質改善といった西洋医学だけでは難しいケースにもアプローチできるので病院として治療の幅が広がると感じています。
鍼灸や漢方、薬膳、マッサージ等を病院でスタートしてまだ1年くらいですが、来院される動物も高齢のペットが増えてきていますので、緩和ケアや経済的な理由から高度二次診療の受診はちょっと・・・と考える飼い主さんへのひとつの方法として提供しています。
今3名の動物看護師さんがおられますね。
この病院で8年目になるベテランの動物看護師が1人と3年目の2人に手伝ってもらっています。私は動物看護師としてまず大切なことは、飼い主さんのお話しをしっかりお聞きして、きちんとコミュニケーションがとれることだと思っています。それができてはじめて動物看護師としての本来の仕事ができ、飼い主さんの信頼も得ることができます。3人ともよくやってくれているのでとても助かっています。大阪でも定期的に動物看護師さんが集まる勉強会が開かれているのですが、そこにも自主的に参加し動物看護師同士の情報交換もでき励みにもなっているようです。
動物病院がすべきことの中には、獣医師ができることと動物看護師・スタッフにしかできないことがあると思っています。私の病院では飼い主さんへの食事指導を動物看護師が担当し、特に減量指導に力を入れています。
ヒルズさんが毎年主催しておられる減量コンテストがあり、昨年は当院の動物看護師がベストアドバイザー賞をいただくことができました。動物の健康を考え、飼い主さんと一緒に減量目標を決める、それに向けてのプログラムを作成するなど、真面目に取り組んでくれたことを大変うれしく思いました。
他の動物病院との連携や獣医師会についてお聞かせください。
大阪には府立大学を始めとして高度二次診療に対応する動物病院があります。ですので私の病院はこの地域のホームドクターとして一次診療に専念することができています。獣医師会でも先輩や同世代の先生方との交流を通して様々な情報交換ができ、勉強にもなりますしアドバイスをもらえることも少なくありません。飼い主さん向けにデンタルセミナーの開催を私の病院でも準備していますが、獣医師会の中で、定期的にデンタルセミナーを開いておられる先生にお願いして、効果的な指導方法や注意点などを細かく教えてもらいました。自分だけでは得られる情報も限られていますので、獣医師同士の連携や協力は大切にしたいと思います。
大阪市獣医師会ではどんなことを担当されておられますか?
昨年2013年6月から大阪市獣医師会の理事に加えていただきました。学術、若手の勉強会、JAHA日本動物病院協会さんと協力して実施している「人と動物のふれあい活動(CAPP)」等を担当しています。大阪には「チームOHANA(オハナ)」というCAPPチームがあり高齢者の施設へ定期的に訪問しています。私自身ボランティア活動もCAPP活動も初めての経験でしたので、最初は戸惑うことばかりでした。でも、動物を連れて参加してくれるOHANAのメンバーの方や高齢の方との接点ができたことで、初めて気付いたこともありとても勉強になっています。将来、我が家の愛犬「オハナ」と一緒に、CAPP活動に参加したいと思っています。
これからの目標や計画があれば聞かせください。
獣医師会や他の先生方との話の中で、これから犬の飼育頭数が減少してくる、ということが最近話題になります。また人の高齢化ということで、来院の飼い主さんにも若い人よりも年配の方が増えてきたかな、と感じることもありますが、この場所で、しっかり地域の飼い主さんと動物たちが幸せに暮らせるように、様々なサービスを続けて提供していきたいと考えています。そのためにも、飼い主さんからの様々な希望やニーズに対応できるよう設備や医療機器も整えていきたいですし、デンタルセミナー等のサービスも提供していきたいと考えています。それと何よりも「動物と暮らすことが楽しくて幸せなこと」を私たち自身が地域や社会に発信していきたいと強く思っています。
<!-- 経営と会計のワンポイント解説 -->
インタビュアーの視点から
はる動物病院では「病気未満、治療の対象にならないことも積極的に対応したい」と考えておられます。実際の取り組みについても具体的にお話しをお聞かせいただきました。千春先生の鍼灸、漢方外来への取り組み、8年になるベテランを始めとした3人の動物看護師さんの数々の取り組みです。
インタビューにもありますように「飼い主さんへのきめ細かい食事指導」であったり、「減量目標を決め、それに向けてプログラムを作成」することであったり。そして動物看護師さんが「減量コンテスト」で「ベストアドバイザー賞」を受賞されるまでになっています。動物看護師さんが病院の中心的な役割を担い、その役割がモチベーションを育て、ベテラン看護師さんたちに育っているところからもその実践とその想いが伺えました。
歯科医院ではこの10年間急速に予防への取り組みが広がってきました。10年前は「予防」という概念すら定まっておらず、歯科医院の来院者はほとんどが治療でした。ところが現在では多くの医院の状況が一変しています。治療の来院よりも、予防、定期管理の来院数が上回っています。生活者の口腔状態が格段によくなり、むし歯の数が減少し、それでもなお歯科医院の存在価値があるのはひとことで言えば「予防」や「健康」という取り組みのゆえんと言えます。
マーケティングに関する理論で米・スタンフォード大学の社会学者ロジャース教授が提唱した「イノベーション理論」というものがあり購入者の特徴を次の5つに分類しています。イノベーター(Innovators:):アーリーアダプター(Early Adopters:):アーリーマジョリティ(Early Majority:):レイトマジョリティ(Late Majority:):ラガード(Laggards:)というもので、イノベーターとは冒険心にあふれ、新しいものを進んで採用する人で、市場全体の2.5%と言われます。またアーリーアダプターは流行に敏感で、情報収集を自ら行い、判断する人。他の消費層への影響力が大きく、オピニオンリーダーとも呼ばれ市場全体の13.5%と言われます。歯科医院の予防への取り組みはこのイノベーターが問題に気付き、取り組みを始め、アーリーアダプターからアーリーマジョリティーへ広がりつつある段階かと感じています。
動物病院では「未病」「健康」への取り組みはまだその取り組みが始まったばかりではないかという気がします。ひとことで「予防」や「未病」と言ってもその取り組みは様々な方法論があります。また「未病」「健康」への取り組みは一見収入にならない行為も多く、こつこつ取り組まなければならない分野です。一朝一夕でできる取り組みではないだけにはる動物病院がこのイノベーターのひとつのモデルになり、アーリーアダプターの広がりへとつなぐ役割を担われることを期待します。
角田 祥子