はじめに
今回は、「小動物臨床におけるリハビリ入門」の第3回目として、他動運動と運動療法について解説する。他動運動と運動療法は、障害を持った動物が機能回復する上で必要不可欠なリハビリテーションで、発症直後または手術直後の症例から慢性例に至るまで多くの患者に適応することができる。これらの療法には多くの方法があるので、それぞれの治療目的とその効果だけではなく、治療強度(治療レベルの激しさ)についても十分に把握しておくことが重要である。その理由は、これらの治療の適応や方法、時期を誤ると逆に症状を悪化させてしまうことがあるからである。したがって、獣医師や動物看護師といった動物医療スタッフは、治療を開始する前に、これら正しい方法とコンセプトを完全に理解しておく必要がある。
また、今回紹介するリハビリテーションのほとんどは、飼い主が在宅治療プログラムの一環として行うこともできるので、その教育も重要な位置をしめる。飼い主参加型医療は、飼い主とペットにとって精神的に良い効果をもたらし、人と動物の絆を強固にするといった効果を期待することができる。さらに、飼い主が犬や猫の病状の変化に気を配るようになり、症状の悪化をより早期に発見することができるといった利点もある。本稿では、動物医療で実際に行われている他動運動と運動療法を中心に、その治療概要を紹介する。
他動運動
他動運動とは、動物が自発的に身体の一部を動かすのではなく、治療を行う者が動物の身体の一部を動かして機能回復を図る方法である。整形外科疾患や神経疾患の症例においては、発症直後および手術直後から他動運動を適応することができる。他動運動は、麻痺の程度が重度な症例や、関節疾患または骨折により肢の不使用がある症例に対して、特に効果的である。これらの運動は、主に関節可動域の拡大、関節の柔軟性の改善、筋および腱の伸長、神経や筋肉の感覚能や機能の改善を目的に行われている。動物医療で行われている他動運動としては、モビライゼーション、マニュピレーション、他動的関節可動域訓練(Passive range of motion: PROM)、ストレッチ、屈伸運動、自転車漕ぎ運動、引っ込め反射の誘発といった方法が報告されている。これらの他動運動の多くは、非侵襲的で、飼い主が在宅治療プログラムの一環として行うことができる。
1.他動的関節可動域訓練(Passive range of motion:PROM)
他動的関節可動域訓練(PROM)とは、治療を行う者が動物の関節を動かして行う療法で、主に関節可動域の維持や改善を図るための手法である。関節を動かす時には、Maitland グレードに沿って、無理なく、少しずつ関節可動域を拡大させていく。過度に激しい関節可動域訓練は、痛み、反射の抑制、肢の使用の遅延を引き起こし、最終的に関節周囲の組織のさらなる線維化が生じるので注意が必要である。
関節可動域を拡大させるために有効な方法には、主にモビライゼーションとマニュピレーションがある。モビライゼーションとは、痛みや不快を感じない関節可動域内でやさしく関節を動かす徒手療法のことを指し、マニュピレーションとは、麻酔下で短時間に強い力をかけて現在有効である関節可動域を超えて関節を動かす徒手療法のことを指す。したがって、外来や在宅で行うPROMは、全てモビライゼーションである。動物医療においても、様々な関節モビライゼーションの方法が報告されている。関節可動域を広げるためのモビライゼーションには、伸長運動と振動運動という2種の方法がある(図1)。筋や腱の拘縮が原因で関節可動域が減少している場合には伸長運動(図1A)、関節包の肥厚などが原因で関節可動域が減少している場合には振動運動(Cranial glideまたはCaudal glide)が適応される(図1B)。脊柱モビライゼーションは、脊柱の可動性の改善と疼痛緩和の目的で行われている(図2)。犬では、椎間関節自然滑走法(C-NAGs:Canine Natural Apophyseal Glides)という方法(図2A)や、持続的椎間関節自然滑走法(C-SNAGs:Canine Sustained Natural Apophyseal Glides)(図2B)という方法が報告されている。
2.屈伸運動・自転車漕ぎ運動
屈伸運動(図3)や自転車漕ぎ運動(図4)も、関節可動域の拡大や維持に有効である。これらの他動運動は、麻痺の患者においては発症後もしくは術後の早期から適応することができるが、関節脱臼や骨折の患者で適応する場合には罹患部位が安定してから行わないと二次的な損傷を生じる可能性が高いので注意が必要である。自転車漕ぎ運動は、麻痺の患者が歩行のパターン化を再習得するために有効な手法でもある(図4)。
屈伸運動や自転車漕ぎ運動は、側臥位でも起立位でも行うことができる。屈伸運動は、肢を緊張させたり、意識して振りかえったり、肢をゆっくりと押し出したりするような不快と思われる徴候が認められないように、ゆっくりと関節を屈曲そして伸展させる。その時に、地面を踏むような位置にパットを向けて全ての関節を深く屈伸することで、関節可動域の改善のみでなく筋力強化をも兼ねることができる(図3)。屈伸運動は、1セットにつき10~100回行い、それを1 日に最低2セット行うことが推奨されている。
自転車漕ぎ運動は、肢端を握り、肢を尾側、背側、頭側へと円を描くように流れるようにやさしく動かす(図4)。その過程で、肢のすべての関節をしっかりと伸展および屈曲させて、大げさに歩くような動作をするのがポイントである。自転車漕ぎ運動は、1セットにつき5~10回行い、それを1日に数回行うことが推奨されている。
3.ストレッチ
ストレッチは、病的に短縮した筋肉や腱を伸ばして関節可動域を増大させるために行うリハビリテーションである。ストレッチは、主に関節可動域の維持または改善、腱や靭帯の伸張、肉芽組織の退縮、癒着の改善、血流の改善を目的に行われている。ストレッチは、よくPROMと同時に行われている。ストレッチを行うことで、組織を引き裂いたり傷つけたりすることなく、軟部組織とコラーゲンの伸長と再構築を達成することができる。ストレッチには、静的ストレッチ(Prolonged mechanical passive stretching)という方法と、PNF(Proprioceptive neuromascular facilitation stretching)という方法がある。一般的に、動物医療でよく行われているストレッチは、静的ストレッチである。ストレッチを行う時には、関節を伸長させる時間が重要である。ストレッチは、最低15秒以上行わないと効果が認められないと報告されている。また、15秒と2分では差が無いという報告もある。これらの結果をまとめると、ストレッチを行う時の妥当な時間は15~30秒といえる。
可動域の低下した関節においてストレッチを行う際には、ゆっくりと関節を伸展して、最大伸展位で15~30秒間保持する(図5)。ストレッチは、1セット2~5回以上行い、それを1日に1~3セット行うことが推奨されている。
4.引っ込め反射の誘発
これは、神経学的検査の時に行う引っ込め反射を利用して行うリハビリテーションである(図6)。引っ込め反射を誘発して行うリハビリテーションは、不全麻痺または完全麻痺の症例に対して特に有効である。この療法は、主に廃用性筋萎縮を防いだり、筋肉の緊張性を改善させたりする目的で行われている。引っ込め反射を誘発させることで、自発的な筋肉の収縮が達成できるため、神経と筋肉の連動性を高めるといった効果も期待できる(図6)。この運動を多数回繰り返すことは、反射の条件づけをするのに役立つ。引っ込め反射の誘発は、1セットにつき3~5回行い、1日にこれを数セット行うことが推奨されている。
起立訓練および歩行訓練
椎間板ヘルニア、脊髄損傷、線維軟骨塞栓症(脊髄梗塞)、ウォブラー症候群、馬尾症候群といったような脊髄疾患で不全麻痺または完全麻痺の症例では、起立訓練や歩行訓練を行う必要がある。麻痺の動物が機能回復するためには、機能障害に即した系統立てたリハビリテーションを行う必要がある。
1.起立訓練・補助起立
完全麻痺の症例では、出来る限り早期から起立訓練を開始すべきである。完全麻痺の状態であっても、手で動物を支えて起立位を覚えさせることから始める。椎間板ヘルニアや脊髄損傷の症例で、後肢麻痺の動物に対して起立訓練や補助起立を行う際には、両手で骨盤または腹部を保持するようにして起立させる(図7)。起立訓練を行う際には、腰部を十分に保持して患部に負担がかからないようにして行い、症状が悪化しないように常に心掛ける。その時には、麻痺肢を通常の起立している位置に着肢させ、ナックリングをしないように注意しながら、起立位を維持する。麻痺肢に力が入るようになってきたら、徐々に麻痺肢への体重負重を増やしていく。体軸を左右に振りながら行うと、固有受容位置感覚の強化も同時に行うことができる。起立能に応じて手を離し、自力での起立を促す。これらの起立訓練は、1日に2~3回行うことが推奨されている。
2.歩行訓練:タオルやスリングを用いた方法
自力での起立が1~5分間以上可能となったら、いよいよ歩行訓練を開始する。起立が十分にできない状態で歩行訓練を行うと、前肢のみでの歩くことに慣れてしまい、後肢で歩こうとしないため、かえって逆効果となってしまうことがある。したがって、歩行訓練を開始するタイミングはきわめて重要である。後肢で自力歩行が開始できるようになったら、完全に歩行が可能となるまでが真のリハビリテーションのポイントである。この時期には、タオルウォーキング、スリング歩行、カートセラピー、ハイドロセラピーといった補助歩行訓練を積極的に行う。タオルやスリングを用いた方法(図8)から開始するのが一般的であり、このような方法はいずれの施設でも家庭においても行うことができる。最近では、動物医療用の吊り上げ型の歩行訓練装置も開発され(図9)、わが国でも入手可能である。これらの歩行訓練は、1日に2~3回、可能な限り行うことが推奨されている。
3.カートセラピー
タオルやスリングを用いた歩行訓練は、飼い主への負担が大きく長時間行うことが困難なことが多い。近年、車椅子を用いたカートセラピーというリハビリテーションも歩行訓練の選択肢のひとつとなってきている。カートセラピーとは、車椅子を補助車として自発的な歩行訓練を行う方法である(図10)。従来のタオルやスリングを用いた歩行訓練と異なり、カートセラピーは動物が自発的に動くことができるためにストレスが少なく、長時間のリハビリテーションができるため利点が高い。カートセラピーは行うタイミングにコツがあり、術後早期の麻痺が重度な段階で実施すると車椅子に頼ることを覚えてしまうため(通常の車椅子装着訓練となってしまうため)、後肢の機能回復には適さない。また、カートセラピーに向かない動物もいるので、症例の性格を十分に考慮しながら適応する。
4.水治療法
水治療法とは、プールや水中レッドミルを利用した歩行訓練で、水の抵抗力や浮力を利用した運動療法である。犬においても関節疾患や脊柱疾患における水中トレッドミルの治療効果が報告されている(図11)。猫においても工夫をすれば可能である。水治療法を行う時の水の適温は25~30℃であり、この温度では血流改善効果も認められる。成書では、このトレーニングを1週間に最低2~3回行うことが推奨されている。現在では、わが国においても、プールや水中トレッドミルのある施設が増えてきており、身近な治療になりつつある。