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犬猫の胸部超音波検査の基礎

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日本獣医生命科学大学 獣医内科学教室  小山 秀一

第4回 心疾患の心エコー診断のポイント

ベッツワンプレス 2012冬号(Vol.33)

はじめに

心疾患動物の診断では、心臓の聴診を中心とした身体検査が重要であることは、今も昔も変わらない。経験豊富な獣医師であれば、問診および身体検査からおおよその異常は把握できるといわれている。しかし、より正確な診断および病態評価には、胸部X線検査や心電図検査が必要となる。そして、さらに心エコー検査を実施することで、より正確な診断や病態評価が可能であり、心疾患の診断および病態評価に必要不可欠な検査となっている。そこで、今回は犬の僧帽弁閉鎖不全症を例に心エコー診断の進め方、診断のポイントについて解説する。

僧帽弁は、弁尖、腱索および乳頭筋ばかりでなく、左室・左房や弁輪によってその機能が決定され、これらを総称して僧帽弁機構と呼ばれている。そして、いずれの部位に障害があっても僧帽弁逆流(mitral regurgitation:MR)が生じうる。それらのうち弁尖、腱索または乳頭筋の器質的異常に伴うMRを器質性MR、左室や左房の拡大または機能不全に伴う二次的なMRを機能性MRと呼ぶ。犬では、加齢に伴う弁尖および腱索の粘液腫様変性による器質性MRが最も多く、変性性MR(degenerative MR)とも呼ばれている。MRの根本的成因は一つであっても、病態の進行(左房・左室、弁輪の拡大)に伴う二次的な影響も加わることが少なくないため、心エコー検査では多角的かつ詳細な評価を行うべきである。

1.心臓の構造変化を見極める

犬のMRの原因として最も多い変性性MRは、ムコ多糖類の蓄積による粘液腫様変性であり、弁尖の肥厚・歪みや腱索の伸長がおこる。変性が軽度のうちは、心エコー上ほとんど変化がみられないが、逆流が始まると弁形態に変化がみられてくる。変性性MRによる逆流は、僧帽弁逸脱によるものであり、収縮期に弁尖のいずれかの部分が弁輪ラインから左房側に越えるようになる(図1)。正常な僧帽弁は、収縮初期の閉鎖時には弁尖先端の閉鎖位置が左室側に観察される(図2)。しかし、僧帽弁逸脱では、弁尖の肥厚や腱索の変性が軽度な場合でも、収縮期の弁尖の閉鎖位置が弁輪ラインとほぼ同じ位置に観察されるようになる。そして、弁尖の先端ではなく弁腹が左房側に反り返るように弁輪ラインを越えているのが観察される(図3)。この弁腹が返るように弁輪ラインを越える状態をbillowingと呼ぶ。しかし、正常例でも弁腹が左房側に反ってみえることがあるため、必ず異なった断層面で確認する必要がある。

図1

図2,3

弁尖の変性が進むと弁尖先端や弁腹の肥厚が明らかとなる。弁尖の先端部の結節性病変により弁腹より厚く観察されることもある(図4)。そして、弁尖の閉鎖位置がより弁輪ラインに近づき、時には弁輪ラインより左房側で観察されることもある。弁尖先端が対側の弁尖と接合せず、自由に動いて弁輪ラインを越えるような状態をflailと呼ぶ。このflailの状態は、腱索の一部が断裂した場合に多くみられる。腱索断裂の心エコー所見としては、断裂した腱索の断端が収縮期に逸脱部弁尖から左房側に翻るような紐状エコーとして観察される(図5)。したがって、この所見が観察されたならば、腱索断裂を起こしていると判断できる。弁尖の逸脱は、前尖のみの場合と前尖と後尖の両方で逸脱を認める例が多く、後尖のみの逸脱は少ない。

なお、三尖弁についても同様に評価し、逸脱所見の有無を確認する。犬のMRでは、三尖弁逆流を併発していることも多く、三尖弁逆流により肺のうっ血が軽減されている例があり、病態評価の重要な所見となる。また、犬のMRの14~40%に肺高血圧症を認めたとの報告もあり、三尖弁逆流のピーク血流速の確認が必要となる。

図4, 5

左房・左室は、逆流量の増加とともにその容積を増す。断層法では、左房の拡張および左室の拡張として表される。左房の拡張は、前負荷の増大と左室からの逆流のため、逆流量が増加するに伴って顕著となる。左房拡張の所見は、心房中隔の右房側への偏位、弁輪ラインの幅に比較しより大きくなった左房径として観察される(図6A)。左室拡張の所見としては、心室中隔が拡張期に右室側に膨らんで観察される。さらに拡張が進むと心室中隔の膨らみが増すとともに、左室自由壁側も外側に膨らんで観察されるようになる。左室拡張が進行した例では、左室全体を見ると拡張期に球形に近い形態となってくる(図6B)。

しかし、重度の肺高血圧症を合併している症例では、心室中隔の右室側への偏位が制限されている場合があるため評価には注意が必要である。これらの形態的変化の観察は、主観的判断によるためより客観的な判断のために左房径や左室径の計測を行う必要がある。

図6

2.カラードプラ法の活用

弁の逸脱によりMRが発生するが、カラードプラ法を用いることで容易にMRジェットを確認することができる。ただし、軽度MRでは、右側からの左室長軸四腔断面や左室長軸断面でMRジェットが描出できないこともある。したがって、MRジェットの有無を判断する場合は、複数の断面で確認する必要がある。心エコーの基本的断面の中では、心尖部四腔断面がMRの検出では最も感度が高いと思われる。

MRジェットは、弁の逸脱部位と逆方向に偏位して吹き出すことがよく知られている。犬の変性性MRでは、前尖が逸脱していることが多いため、MRが軽度の場合MRジェットは左室長軸像 では左房後壁側に向かって吹く(図7)。一方、後尖の逸脱では、MRジェットは心房中隔側に吹き出す(図8)。複数の部位で逸脱が起こっている場合は、MRジェットが複数観察されることもある(図9)。なお、機能性MRの症例では、MRジェットは心房中央部に観察されることが多い。

図7,8,9

MRが軽度な場合は、カラードプラ像ではMRジェットが比較的限局した領域に観察される。逸脱が進行し、逆流量が増加すると左房の広い範囲でMRジェットが認められるようになる。カラードプラ法では、同一症例であっても超音波診断装置のドプラ感度、流速レンジやカラーゲインの設定などにより、MRジェットの観察される広さが異なることがある。そのため、カラードプラ法での逆流量の評価は慎重に行うべきであり、著者はMRジェットが限局している場合は軽度MR、左房の半分以上の領域にMRジェットが観察される場合は中等度以上のMRと判断し、中等度と重度の判定はカラードプラ法だけでは行っていない。

3. 断層像およびMモード法による心機能の評価

心エコー法による心機能評価の基本となるのが、断層像およびMモード法での評価である。一般的に用いられている指標は、左房の大きさを大動脈と比較して評価する方法と心周期に伴う左室容積の変化率である左室駆出率(EF)および左室内径の変化率である左室内径短縮率(FS)である。EFとFSは、左室収縮機能の評価として用いられているが、前負荷や後負荷の影響を受けやすく、前負荷が増大している場合は上昇し、後負荷が増大している場合には低下する。拡張機能に関しては、断層像やMモード法からでは評価できないため、ドプラ法など他の方法で評価する必要がある。

図10

1)左房の大きさの判定
MRでは、逆流量の増加に伴い前負荷が増大するため左房拡張が進行する。したがって、左房の大きさを評価することはMRの重症度評価の一つと考えられている。断層法による心基部短軸像大動脈弁レベルでの左房内径と大動脈内径を比較する左房径/大動脈径比(LA/Ao)が最も多く用いられている。

断層法による心基部短軸像大動脈弁レベルでのLA/Aoの計測は、大動脈弁の接合線が確認できるレベルで記録し、左房径が最大となる収縮末期の時相で計測する。大動脈径は、無冠尖と右冠尖の接合線に沿って大動脈の内側から内側を計測する(内腔計測)。左房径は、無冠尖と左冠尖の接合線の延長線上に沿って左房壁の内側から内側を計測する(内腔計測)(図10)。正常犬では、LA/Aoは1.6以下であり1.7以上を左房拡張と判断する。しかし、左房は複雑な3次元形状であるためLA/Aoだけでは正確な判定ができないこともある。そこで、肉眼的に大まかに面積比を判定し、LA/Aoと合わせて左房拡張の程度を判定する。

2 )左室の大きさおよび収縮能の評価
左室の大きさおよび収縮能は、左室内径と左室容積により評価されている。左室内径計測は、左室長軸像または左室短軸像で行う。一般的に時間分解能が高いMモード法が用いられている。Mモード法では、Mモードカーソルが僧帽弁先端と乳頭筋の間で心室中隔と左室後壁に対して垂直になるよう断面を調節する。最近の超音波診断装置には、Mモードカーソルが自由に設定できる機能があり、正確な断面を描出しさえすればいいようになっている(図11)。しかし、パンティングが激しい例やMモードカーソルが正しい位置に設定しにくい例では、正確なMモード記録ができないことが多く、無理にMモード法で記録すると正しい計測値が得られないばかりか誤った解釈を招くことになる。そこで、このような場合は断層像から直接計測を行うようにする(図12)。

左室の拡張末期径と収縮末期径から求めたFSは、左室の収縮能の評価として用いられている。MRでは、僧帽弁の逸脱が進むと前負荷の増大により拡張末期容積が増加するため内径も大きくなる。そして、収縮期になると左室は収縮を開始し左室内圧を上昇させる。正常犬では、左室内圧が上昇し大動脈圧を越えると初めて血液が大動脈へと駆出される。しかし、MRを有する犬では、左心室圧の上昇とともに大動脈圧に比較して圧倒的に内圧の低い左心房への逆流が起こるため、容易に左室容積を減少させることができ、結果として左室内径も小さくなりFSが上昇する。この左心房への逆流は、僧帽弁の変性が進み逆流弁口が広い症例ほど容易となる。しかし、病態の進んだ症例では左房圧の上昇さらに左室心筋不全のため上昇していたFSが低下してくる。

図11,12

まとめ

MRに対する断層法およびMモード法による心エコー検査の評価について、臨床現場において簡便でリアルタイムに行える項目を中心に解説した。断層法は心エコー検査の基本であり、鮮明な画像を描出し形態的および解剖学的異常の有無を確認することから始まる。断層像の観察は主観的判断によるものが多いが、断層像またはMモード像を用いて心腔の大きさや壁の厚さなどを計測することで客観的評価を加えることができる。Mモード法は、高額な超音波診断装置でなくても必ず組み込まれている機能であり、簡便に心機能を確認できる利点がある。しかし、これらの方法は収縮機能の評価であり、心機能のもう一つの機能である拡張機能に関しては評価できていなく、ドプラ法などを用いる必要がある。