はじめに
眼の病気を診断するに当たり、他の科と同様にさまざまな検査が必要になる。診断を確実なものにするために、漏れがなく、また順序良く検査するために系統だった方法をここで述べてみたいと思う。眼科検査を行なうにあたり鎮静もしくは麻酔は検査結果に影響を与え、また眼球の沈下により検査を困難にする。保定をしっかり行い、できるだけ覚醒時に検査することをお勧めする。
問診
●患者情報:動物種、品種、年齢などは鑑別診断リスト作成上、重要になることが多い。眼科では遺伝性疾患が多く見られ、診断の助けになることがある。
●既往歴:以前もしくは現在見られる外傷、感染症、全身性疾患などにより、眼球表面、眼内の変化を引き起こすことがある。
●現病歴:いつから、どのように変化しているか、治療への反応を詳しく聴取する。
外観
まずは動物の正面に立ち、少し離れて顔全体を観察する。眼球の大きさ、向き、瞳孔不同などのちょっとした変化は、左右を見比べてみることで気がつきやすい。眼瞼や眼球表面、眼球内部の状態などを簡単に見る。このときに大まかな異常部位を見つけ、必要な検査項目を挙げておく。
涙液産生量(シルマー・ティアー・テスト:STT)
適応:結膜炎、角膜の血管新生、角膜の色素沈着
手技:専用の試験紙を取り出す。(このときに眼に差し込むほうの断片を手で触らないように、手の油がつくと涙液の吸収が阻害される)切れ目の入ったほうの断端を下眼瞼に差込み、正確に1分間静置する。この検査の前には洗眼したり表面麻酔を使用してはならないので、可能な限り最初に検査する。このときに得られた涙液量は涙湖貯留量+基礎分泌量+反応分泌量の総量である。1分間静置できなかった場合は、やり直すか、その時点での時間を明記しておく。正常値は15mm以上である。
猫の場合、緊張により涙液産生量が一時的に低下することがあるため判定に注意することが必要である。
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ペンライト検査
適応な光源を用い、眼球表面、内部の構造を観察する。通常眼内は透明な構造であるため、水晶体、状況により硝子体まで観察することができる。スリットランプと異なり異常の位置や深さまでは判定しにくいが、大まかな異常を見つけておき、後で詳細をスリットランプで確認するとよい。眼瞼の位置、睫毛の異常、角膜異常などはペンライトでも十分観察できる。
細菌培養検査
適応:細菌性、融解性角膜潰瘍、膿性眼脂
手技:表面麻酔薬を含む何らかの点眼薬は使用しない。なぜならばほとんどの点眼液には細菌の生育を阻害する保存料が含まれているためである。
培養用の滅菌綿棒を滅菌生食または培養液にてぬらし病変部分に触れる。このとき瞬膜や眼瞼には触れないようにすること。結膜円蓋には正常でも常在細菌が認められるため、非病原性細菌によるアーティファクトを起こすことがある。
採取した検体は可能な限り早く、培養に送るかまたは院内で培養する。
細胞診
適応:細菌性、融解性角膜潰瘍、結膜炎、角膜や結膜のマス病変
手技:点眼麻酔薬にて眼球表面に麻酔をかけておく。木村スパチュラもしくはマイクロブラシなどを用いて、病変部分の細胞や微生物を採取する。
細菌培養と異なり、院内ですぐに判定できる。角膜潰瘍時の抗生剤の選択時に役に立つ。また抗生剤の効果を見たい場合は、抗生剤の使用前後での細菌の存在の有無が役立つ。
フルオレッセイン染色
適応:角膜潰瘍の検出、鼻涙管の開通状態、涙膜破壊時間の測定
■角膜潰瘍の検出
手技:フルオレッセイン染色の試験紙を生食もしくは洗眼液で湿らせ、眼球上に染色液を点眼する。このとき試験紙を角膜に直接接触させると偽陽性を示すことがあるため染色液のみを滴下する。どうしてもできない場合は球結膜に触れさせるとよい。
余分な染色液は十分量の洗眼液にて洗い流す。角膜上皮は疎水性でフルオレッセイン染色には染まらない。角膜実質は親水性なので染色される。そのことから角膜上皮の欠損(潰瘍)を検出することができる。
■鼻涙管の開通状態
手技:フルオレッセイン染色液を点眼し、鼻先を下に向けて5分ほど待つ。鼻涙管を通って染色液が同側の鼻孔から排出される。
染色液が排出される場合は鼻涙管が開通していると考えられる。しかしながら排泄されない場合でも鼻涙管が閉塞しているとは限らない。閉塞しているかどうかは鼻涙管洗浄を行なって調べる必要がある。
■涙膜破壊時間の測定
適応:質的涙膜欠損症(非典型的乾燥性角結膜炎)
手技:フルオレッセイン染色液を点眼した後洗い流さない。一度眼瞼を閉じた後、開眼し再び閉じないように眼瞼を保持する。
開眼したあとの角膜上には均一な一層のフルオレッセイン染色液が存在するが、時間経過とともにその均一さが失われる。(染色液の膜に穴が生じる)スリットランプのコバルトブルーフィルターを使い、開眼から涙膜が破壊されるまでの時間を測定する。正常は20秒以上である。
瞳孔対光反射(PLR)
手技:光源を眼に当てて瞳孔の動きを見る。弱い光源や明るい部屋でははっきりとした反応が得られにくい。この場合、暗所で行なうと反応がはっきりと現れる。
眼に光を照射したときに瞳孔が収縮するかどうかを見る検査である。光を当てたとき同側の瞳孔が収縮する反応を直接瞳孔対光反射という。この反射の有無は視力の有無を表すものではない。
瞳孔反射の求心路は視神経から外側膝状体を超えて、視蓋前野核にてシナプスを形成し、エディンガー・ウェストファル(E-W)核にいたる。視蓋前野核からの刺激は左右のE-W核に到達するため、一側の眼に光を照射しても対眼の瞳孔にも同様に収縮が見られる。この反応を間接瞳孔対光反射(共感性反射)という。
遠心路はE-W核から出る副交感神経で、動眼神経(第三脳神経)と併走した後別れ、毛様体神経節にて節後線維にシナプス形成したのち、虹彩の瞳孔括約筋に到達する。直接反射と間接反射を組み合わせて考えることで病変の場所の推測が可能になることがある。白内障や前房の混濁の場合も消失することはない。
玄目反射
眼に強い光を与えた時に眼瞼を閉じる反射。角膜や水晶体に混濁がある場合にも消失しない。この反応は皮質下反射であり、網膜、視神経、顔面神経、眼輪筋が正常であれば、たとえ視軸を妨害する病変(角膜や眼内の混濁)があったとしても反応が起こる。
この反応により、眼底検査ができない状態であっても網膜や視神経の正常性を調べることができる。ただしこの検査が陽性であったからといって視力があるかどうかの検査にはならない。
威嚇反射
手技:対眼をふさいだ状態で、眼の前で手を動物に近づける。威嚇に対し回避行動や瞬目反射が起こるかどうかを確認する。このとき手で顔面の体毛などに触れないようにすること、風を生じないようにすることが大切である。残念ながらこの検査では視覚の有無しかわからない。またこの反応は学習によって獲得されるため、生後10-12週までは完全に発達しない。
この反射が正常に起こるためには求心神経として網膜、視神経が、中枢では大脳視覚野が、遠心神経として第七脳神経が関与する。威嚇反射が見られない場合は、第七脳神経の麻痺(顔面神経麻痺)の有無を確認する必要がある。
眼圧検査
適応:レッド・アイ、盲目、びまん性角膜浮腫、緑内障
手技:表面麻酔薬を点眼する。十分に麻酔をかけないと、角膜に触れたときの痛みにより眼圧が上昇することがある。保定の注意としては頚部や眼球への圧迫を避けることが重要である。突出した眼球を持つ動物では、眼瞼を保持するときに眼球への圧迫を加えてしまうことがあるため、特に注意が必要である。
現在獣医領域で最も信頼性が高く、容易に使用できるものはトノペンである。角膜の病変が見られない部分を選び、トノペンを垂直に数回あてる。うまく眼圧が測定できない場合、垂直に当たっていないことがある。この場合、トノペンをあてている横から観察すると垂直に当たっているかどうかわかりやすい。トノペンは自動的に測定値の平均を算出し、そのばらつきを信頼値として表示する。ばらつきが5%以下になるのがよい。
正常範囲は犬で10-20mmHg、猫で10-25mmHgである。アーティファクトで眼圧が上昇することはよく見られる。得られた数字と臨床症状が合致していない場合、数回測定を繰り返す必要がある。
スリットランプ検査
適応:角膜疾患、 フレアーの検出、白内障、硝子体前部の病変、その他多数
手技:スリットランプは細隙灯を斜め(30-45°)からあてることにより、断面を見るようにものの深さや位置が判断しやすくなる装置である。最初にスリット光の厚さと光源の強さを選ぶ。光を左から当てた場合、左から角膜、虹彩、水晶体前嚢、水晶体後嚢に光が当たり光の筋として認識される。最初に角膜へスリット光をあてピントを合わせてから、接眼レンズを覗く。このとき動物の額に空いている手を置くと、動物との距離、眼の位置がわかりやすい。
眼球内部を見たい場合、スリットランプを動物に近づけていくと、内部の構造にピントが合うようになる。角膜を詳しく見ると角膜上皮、そのすぐ後ろに角膜内皮のラインが見える。この幅が角膜の厚みである。厚みが通常以上に増えていた場合は浮腫、減っていた場合は角膜実質の減少が疑われる。
前房部分は通常スリット光は光として認識できないが、フレアーが存在している場合、連続した光の帯として認識されるようになる。水晶体を検査する場合、散瞳させる必要がある。
眼底検査
基本的には散瞳させる必要がある。
適応:網膜疾患、 脈絡膜疾患、視神経疾患
直接検眼鏡検査
手技:数字を0にあわせ、片目で眼底を覗きながらピントが合うまで数字をマイナス(赤字の数字)に進める。直接検眼鏡では眼底の上下・左右は実際のとおり見える。直接検眼鏡では拡大率は高い(約18倍)が、見える範囲が狭いため、スクリーニングには向かない。
間接検眼鏡検査
手技:動物から腕の長さ分離れて位置する。ペンライトを眼の近くに置いて動物の眼に照射し、タペタム反射の一番強く見える場所を探す。(タペタムは背側にあるため、動物の下から覗き込むようにすると見やすい)その場所でレンズを動物の眼から10cmほど離した位置にかざす。このとき光の軸とレンズ、動物の眼が一直線上にくるようにしなければ、十分な像が得られない。
間接検眼鏡では直接検眼鏡とは異なり、上下・左右がさかさまに見える。そのため位置感覚が混乱するが、見たい方向に移動するようにすればよい。(たとえば右のものを見たい場合には、右に移動する)拡大率は使用する非球面レンズのジオプターに左右され、数字が大きいほうが拡大率が低い。直接検眼鏡検査に比べ、一度に観察される範囲が広く、スクリーニングには適している。
超音波検査
適応:前房出血、眼内腫瘍、網膜剥離、眼窩腫瘍、眼窩膿瘍
手技:表面麻酔薬を点眼する。K-Yゼリーをプローブにつけ、角膜に直接、または眼瞼上から眼にプローブをあてる。使用するプローブは高MHzのものが推奨されるが、5MHzほどのものでもある程度の診断は行なえる場合が多い。画像を拡大してフォーカスを1-2cmに設定すれば、良好な画像が得られる。残念ながら角膜や前房の部分はプローブに近すぎて、専用のプローブでないと良好な画像は得にくい。
Aの写真は正常な眼球の超音波画像を示す正常な水晶体は前嚢と後嚢の中央部のみがエコーで検出される。水晶体そのものがエコーで確認される場合は白内障である。硝子体もエコーフリーの構造物であるが、変性や出血がある場合は高エコー性となる。
網膜は剥離すると高エコー性の膜状物として観察される。網膜は鋸状縁と視神経乳頭周囲で眼球に強く付着するため、剥離した網膜の画像はガルウイング(かもめの翼)として認められる(B)
以上、一次診療施設で実施可能な眼科検査を列挙した。眼科検査は実際に見て判断することが多い検査である。症例数を重ねることが診断の信頼度を増すことになるので、先生方にはこれを機会にぜひとも眼科検査に力を入れていただきたいと思っております。