1 上皮性腫瘍
・扁平上皮癌(図1)
扁平上皮癌は未分化なものから高分化なものまで様々な分化傾向を持つことが知られている。また、同一の癌組織の中でも、各細胞の分化程度にバリエーションが認められる事が多い。分化傾向を示す細胞はライトギムザ染色やヘマカラー染色では細胞質が特有のスカイブルーに染まる。写真の扁平上皮癌は比較的分化傾向が強く、未分化な扁平上皮と共にスカイブルーに染まった細胞が多数見られる。核には大小不同などの異型所見が認められる。口腔内の細胞診で、感染・炎症を伴った潰瘍などの場合、採取された炎症の影響を受けた扁平上皮が癌細胞様に見える事があるので注意する必要がある。
・移行上皮癌(図2)
移行上皮癌の細胞は様々な程度に円形から楕円形の形態を示す。写真では、これらの細胞が集塊をなして採取されている。細胞同士は結合しており上皮性腫瘍の特徴を示している。また、細胞および核の大小不同、核細胞質比のばらつきなどの悪性所見も観察される。写真は摘出された膀胱のスタンプ写真であるが、移行上皮癌の場合は尿の直接あるいは沈渣塗抹で腫瘍細胞が見られる事がある。尿に出現する移行上皮は尿による影響を受けており、正常であっても悪性所見を伴うように見える事があるので注意する必要がある。
・甲状腺癌(図3)
大小のシート状の細胞集塊が見られる。上皮性腫瘍では、このように細胞集塊を形成することが多い。核は中程度に大小不同を示し、N/C比は高い。写真の細胞には強い異型は認められないが、甲状腺癌ではこのように強い細胞異型を示さない事が多い。甲状腺癌は血管の分布が豊富なため、針吸引の際に大量に血液が混入する事がある。
・肛門周囲腺癌(図4)
上皮性の細胞が小集塊をなして見られる。これらの細胞は、淡い青紫色のやや広い細胞質を持ち、肝細胞(右下の図)とよく似た形態を示す。このため肛門周囲腺細胞は“肝細胞様細胞”と形容される。肛門周囲の腫瘤でこれらの細胞が見られた場合は肛門周囲腺腫瘍と表現する(通常、肛門周囲腺癌と診断する事はない)。これは、肛門周囲腺癌の細胞診では細胞異型が認められない事が多く、良性・悪性の区別は病理学的な評価に委ねる必要があるからである。しかしながら、強い細胞異型と小型で濃染した補助細胞(矢印)が多数認められる場合には肛門周囲腺癌の可能性が示唆される。写真は後の病理学的評価で肛門周囲腺癌と診断された腫瘤の細胞診である。
・前立腺過形成(図5)
上皮性の細胞が集塊を成して見られる。各細胞の核および細胞質は均一で、異型性は認められない。分泌物を含有している細胞が散見される事がある。
・前立腺癌(図6)
上皮性の細胞が小集塊を成して認められる。細胞および核は大小不同でN/C比も高く、核内には明瞭な核小体が認められる。細胞質には少量から大量の分泌物を含む空胞が見られる。この前立腺は激しい膿瘍も伴っており、このためバックグラウンドは変性した蛋白などでピンク色に染まり、また変性した好中球も見られる。
・前立腺癌のリンパ節転移巣(図7)
スライドは図6の症例の鼠径リンパ節吸引生検である。鼠径リンパ節は腫脹、硬結しており、ほぼすべてが図6と同様の細胞で置換されていた。背景にはわずかにリンパ球が認められ、リンパ節の転移巣である事が分かる。
2 非上皮性腫瘍
・脂肪腫(良性)(図8)
脂肪腫の針吸引生検では、脂肪滴のみ、あるいは脂肪滴と共に成熟脂肪細胞が採取される。成熟脂肪細胞は細胞質に多量の脂肪を溜め込み大きく膨らんでいる。成熟脂肪細胞の核は濃縮しており、多量の脂肪により細胞の端に押しやられている。脂肪を含んだ針吸引生検サンプルは、カバーガラス(スライドガラス)上で風乾しても乾かないキラキラした液体として採取される。通常の染色では脂肪滴のみが採取された場合は、メタノール固定で全て流れてしまうため、この様な吸引生検サンプルの場合はニューメチレンブルー染色を同時に行うとよい。ニューメチレンブルー染色では、脂肪滴は大小多数の空胞(矢印)として観察され、また成熟脂肪細胞も採取されている場合は矢頭の様に見える。
・脂肪肉腫(図9)
採取されている細胞には、脂肪を含有した様々な大きさの空胞が見られる。細胞密度が高い部位では個々の細胞形態がはっきりしないが、細胞密度の低い場所を観察すると非上皮系細胞の特徴である紡錘形の形状がよくわかる。良性の脂肪腫の細胞診では脂肪滴のみか、成熟した脂肪細胞(核は濃縮しており、細胞質の大量の脂肪により核は細胞の辺縁に押しやられている)が見られるが、脂肪肉腫では細胞に高いN/C比、核の大小不同などの悪性所見が見られる。
・骨肉腫(図10)
楕円形~紡錘型の細胞が多数認められる。骨肉腫の細胞は楕円形~紡錘型と様々であるが、骨芽細胞の形態を維持している細胞では、非常に偏在した核が特徴的に見られる(矢印)。細胞質は好塩基性で、細胞および核には著しい大小不同が認められる。また、核小体は明瞭で、分裂像(矢頭)も散見されるなど強い悪性所見を伴っている。骨肉腫では、多核の破骨細胞(右下の図)もしばしば認められる。写真では、骨肉腫の細胞が分泌した骨基質によりバックグラウンドが淡紅色に染まっており、また細胞周囲や細胞間には濃いピンクに染まる骨基質の無定形物が認められる。
・血管肉腫(図11)
典型的な紡錘形の非上皮性の細胞が多数採取されている。これらの細胞および核は大小不同が著しく、非常に大きい細胞も散見される。さらに、これらの細胞には核小体が明瞭に認められ、不整な形や複数個有するものもある。非常に強い悪性所見を伴った非上皮系悪性腫瘍の典型と言える。
・血管周皮腫(図12)
血管外膜細胞腫とも呼ばれる。紡錘形を呈する非上皮性の細胞が集塊を成して、あるいは単独で見られる。これらの細胞は円形から卵円形の核を持つ。細胞は比較的斉一で、同じ非上皮系の腫瘍である血管肉腫と比べると細胞異型は低い。しかしながら、血管周皮腫は局所浸潤が強く、臨床的には悪性の挙動を示す。血管周皮腫の細胞質は特徴的で、通常の紡錘形の細胞とは異なり、羽衣のようなふわっとした形態を示し“天使の羽衣”と表現される。このような羽衣状の細胞質の形態は神経鞘腫にも見られる事がある。
・悪性メラノーマ(悪性黒色腫)(図13)
細胞質内に深緑色の特徴的なメラニン顆粒を豊富に含む細胞が集塊をなして採取されている。顆粒は少ないものから多いものまで様々である。バックグラウンドには壊れた細胞から漏れ出した色素顆粒が散らばって見える。写真のメラノーマ細胞は、細胞・核の大小不同が著しく、また明瞭な核小体が複数見られるなど細胞異型が強い。メラニン顆粒はメラノーマの特徴的な所見であるが、著しく未分化な悪性メラノーマでは顆粒が見られない事もある(無顆粒性メラノーマ)。