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猫の腎臓病 その予防と備えを中心に

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猫の腎臓病 その予防と備えを中心に

ドクターズアドバイスペピイキャッツ2015秋冬号

猫の腎臓病 その予防と備えを中心に
教授 竹村直行

 我が国では統計調査が行われていませんが、中年~老齢期の犬や猫の死因は心臓病、腫瘍(がん)、そして腎臓病で占められていると考えてほぼ間違いないと思います。
私は昭和56年に今の職場に入学し、獣医学を学び始めました。当時の講義で、確か私は「犬も猫もせいぜい10年生きるのがやっとだ」と習いました。
そして、この数字を聞いて当時の私は違和感を覚えませんでした。きっと当時としては「10歳がやっと」は常識だったのでしょう。
それから約35年が過ぎた現在、犬や猫が10歳で死亡したら、知り合いから「まだ若いのに可愛そうでしたね」と声をかけられると思います。
私は大学病院で診療もしていますが、15年以上生きる犬や猫はそう珍しくはありません。

 犬や猫はなぜこんなに長生きするようになったのでしょう?

 我々獣医師の知識や技術が向上した、というのも原因の一つでしょうが、以下の3点の方が私は大きいと思います。すなわち、

(1)ワクチン接種や(特に犬では)フィラリアの予防が広く行われるようになったこと
(2)ペットフードの栄養バランスや嗜好性が良くなっていること
(3)動物と暮らす皆さんの意識が「飼う」から「一緒に暮らす」に変わり、これに伴って家族としての動物に対する愛情がより深くなったこと

 さて、上述した3つの死因を猫で考えると、心臓病で亡くなる猫よりも、腎臓病や腫瘍(がん)で亡くなる猫の方が圧倒的に多いと私は感じています。
ここでは、私の研究・診療対象でもある腎臓病の予防法やご家族に備えて頂きたいことを説明しましょう。

猫の腎臓病

猫の腎臓病の原因

 なぜ猫では腎臓病が多く発生するのでしょう?
多くの専門家が、様々な方法を駆使してこの理由を探ってきましたが、原因の解明には至っておりません。
原因が判れば、予防策を講じることができるのに、とても残念だと思います。

 科学的な根拠はありませんが、老化現象の一つとして腎臓病が発生しているように私は感じています。その理由はシンプルで、若い猫には腎臓病は少なく、歳をとるごとに腎臓病を患う猫が明らかに増えるからです。
そう思うからこそ、私は診察室で腎臓病の猫のご家族に「ご家族が愛情をもって共に暮らしたからこそ、この猫は長生きし、そして長生きした結果の一つが腎臓病だと思います」と話しています。
あるヨーロッパの研究グループは、犬の歯周病と腎臓病の因果関係を調査し、歯周病の犬は高率に腎臓病になりやすいことを発見しています。
猫ではこのような調査は行われていませんが、もしかしたら犬と同じように、口の中を衛生的にすることで腎臓病の発生を抑えることができるかも知れません。
いずれにしても、腎臓病になる原因が分からない以上、早期発見・早期治療が大切になります。その早期発見のポイントを説明する前に、猫の腎臓病について解説しましょう。

猫の腎臓病の原因

猫の腎臓病とは?

 腎臓の役割は大まかに尿を作ること(尿生成)、そしてホルモン分泌です。後者に関して先に説明すると、腎臓は体内の血圧、血液中の塩分バランスを調節するホルモンを分泌しています。更に、赤血球と言って血管内で酸素を運搬する細胞の産生を促すホルモンも分泌しています。
腎臓病にかかると前者の役割、つまり尿生成に支障が出てきます。
体重が5㎏の健康な猫の体内には、約350ccの血液が存在します。腎臓はこの血液から老廃物をろ過しています。ろ過された直後の尿(これを原尿[げんにょう]と言います)は、日量約27リットルと、体重の5倍ちょっと、血液の量の約8倍に相当します。血液中の老廃物を効率よく、そして確実に排除するために、毎日大量の血液をろ過し、原尿を作っている訳です。
そして、この大量の原尿をそのまま捨ててしまうと、猫は簡単にひどい脱水状態になり、死亡してしまいます。このリスクを回避するために、尿細管・集合管と言う構造物が、原尿からせっせと水分を再吸収します。この再吸収によって尿は数百倍に濃縮されます。この尿を濃縮する能力のことを尿濃縮能と呼びます。
一言で猫の腎臓病と言っても様々なタイプがあるのですが、圧倒的に多いのが間質性腎炎と呼ばれる病気です。
この間質性腎炎では、最初に尿濃縮能に問題が出ます。そして、ゆっくりとこの病気が進むと、血液をろ過する能力(ろ過能)が障害されるようになります。

猫の腎臓病の初期症状

 前項で述べた、猫の腎臓病(間質性腎炎)では最初に尿濃縮能に問題が出る、ということは非常に重要です。
なぜなら、これが猫の腎臓病(間質性腎炎)を早期に発見する重要なポイントだからです。
尿濃縮能が低下すると言うことは、濃い尿が作れなくなる、つまり薄い尿が大量に出るということです。
この大量に尿が出るという症状を我々は多尿と呼んでいます。

 多尿になった猫は、排尿回数が増えます。と言っても私の経験では、診察中に猫の排尿回数を答えられた飼い主さんはほとんどいらっしゃいません。
私が伺うのは、
(1)最近、ペットシーツの使用量は増えてませんか?
(2)夜中に排尿することが増えていませんか?
(3)おもらしすることはありませんか?
の3点です。

 (1)と(3)は説明不要でしょう。(2)について補足すると、我々と同じように、猫も眠り始めて目覚めるまで普通は排尿しません。しかし、多尿の猫は眠りについて暫くすると尿意をもよおして排尿するようになります。
大量の尿が勝手に出てしまう訳ですから、多尿の猫は水を多く飲むようになります。この状態を多飲(たいん)と呼びます。
複数の猫が1つの食器を使って水を飲んでいると判りにくいかも知れませんが、日頃から猫が1日に飲む水の量を大まかに把握しておくと、診察時にとても参考になります。
ここまでを要約すると、猫が腎臓病にかかると、最初に多飲と多尿という症状が見られるということです。これらの症状は腎臓病以外の病気でも見られることがあるので、自己判断せずに獣医師の診察を受けて下さい。また、この様な症状がなくても、1年に1回は健康診断をかねて、以下に説明する検査を是非とも受けて下さい。
それでは、多飲と多尿の猫が病院にやってきたら、我々獣医師はどのような検査をするのでしょう?

腎臓病の検査

1.お腹を触る

 家族の説明を一通り聞いた獣医師は、おそらく猫のお腹を両手で触り始めるはずです。触って何をしているかと言うと、腎臓の大きさを調べているのです。
猫の腎臓病では、腎臓が小さくなり、正常では滑らかな腎臓の表面がデコボコになることが多いからです。
また、首の周りの皮膚をつまんで伸ばしたり、口の中の濡れ具合も調べると思いますが、これは脱水しているかどうかをチェックしているのです。
しかし、これだけでは腎臓病なのかどうかはハッキリできません。このため次に、血液検査と尿検査を行います。
詳しい理由は省略しますが、これらの検査結果を正しく判定するために空腹時、具体的には前の晩の食事や飲水を最後に、翌朝は食物や水を与えずに朝一番で採血や採尿して頂くのが最良です。
これは、我々人間が健康診断を受ける時と全く同じです。

2.血液検査

 血液検査には実に多くの検査項目がありますが、腎臓病のチェックが目的であれば、最低でも血中尿素窒素(BUNと略します)とクレアチニン(Creと略します)の2つは検査して頂きましょう。
この2つはいずれも老廃物です。ろ過能が低下すると、老廃物のろ過がうまくいかなくなる訳ですから、これらの数値が高い場合にはろ過能の低下が疑われます。無論、正常範囲に納まっていれば、そのような心配はありません。

3.尿検査

 尿検査にも多くの検査項目がありますが、特に猫の腎臓病ということを踏まえると、尿比重が最も重要です。
比重とは尿1cc当たりの重さです。尿比重が高ければ、その尿は濃い、つまり尿濃縮能は正常と判断できます。反対に、尿比重が基準値より低い場合、尿濃縮能は低下している可能性があります。

4.その他の検査

 一言で腎臓病と言っても、様々な腎臓病があることは既に述べた通りです。そして、腎臓病の中には進行が速いものと、遅いタイプがあります。無論、病気が進むスピードは遅い方が良いに決まっていますね。
病気が進むスピードが遅いか、速いかを見分けるために、獣医師は上記の検査以外に別の検査を追加しています。

(1)蛋白尿:尿中の蛋白質のことで、この量が多いと腎臓病は速く進行します。
(2)血 圧:人間の血圧と同じです。血圧が高いと病気は進行しやすいです。病院の中で興奮してしまい、血圧を正確に測れないことも少なくありません。
(3)貧 血:腎臓病がひどくなると貧血が現れ、これも腎臓病を悪化させます。
(4)リン濃度:血液中のリン濃度です。普通は前述したBUNやCreと一緒に測定されます。この濃度が高くても、腎臓病が進行しやすくなります。
(5)膀胱炎:膀胱内でばい菌が暴れている病気のことです。動物では膀胱尿管逆流といって、膀胱内の尿が腎臓に逆流することがあります。
ばい菌に汚染された尿が逆流すると、腎臓に感染し、最悪の場合には腎臓が化膿します(化膿性腎盂腎炎)。

腎臓病の検査

腎臓病の治療

獣医師として正直に書くと、腎臓病は「獣医泣かせ」の病気です。
その最大の理由は、腎臓病に有効な薬があまりないことです。
腎臓病の治療は様々な要因に制限されますが、一般に以下の治療が行われています。

1.水分摂取量を増やす

 猫の腎臓病では尿濃縮能が低下しますから、脱水から猫を守るために、できるだけ水分摂取量を増やします。
具体的には、水の容器は大きなものにする、複数箇所に水を用意する、水が空にならないように注意するなどの対策を講じると良いでしょう。

2.食事療法

 BUNやCreが高い場合、蛋白を制限した食事(腎臓病用療法食)を考慮します。
この種の食事をスタートしたら、蛋白を高濃度に含む食材(肉や魚)はトッピングすべきでありません。
血清リン濃度が高い場合には、できるだけリン含有量が制限されている食事を選びます。
食事を変更しても、思い通りにリンが低下しない場合、リン吸着剤という薬を追加することがあります。

3.高血圧の管理

 高血圧は腎臓病を悪化させます。高血圧が発見されたら、降圧薬という血圧を下げる薬を検討します。

4.膀胱炎の治療

 膀胱炎も腎臓病を悪化させます。定期的に尿検査を受けるなどして、膀胱炎にかかっていないかどうかを確認しましょう。
膀胱炎にかかると、頻尿になったり、血尿がみられることがあります。
このため、日頃の尿の回数や尿の色を気にするようにしましょう。

5.レニン・アンジオテンシン系抑制薬

 高血圧や蛋白尿が合併した腎臓病では、この薬が有効です。
但し、猫が脱水していたり低血圧だったりすると、副作用(腎機能の低下)が出やすくなりますので、開始・中止は獣医師の指示に従って下さい。

6.皮下補液(皮下点滴)

 飲むだけでは十分な水分を摂取できずに脱水する場合、背中に注射をして、水分を補給します。
注射する量や間隔はかかりつけの先生に判断して頂きましょう。

7.その他

 貧血には輸血、あるいはエリスロポエチンという造血ホルモンを用います。最近の研究によると、鉄を含む薬(鉄剤)の併用が有効であることが判っています。
獣医学の世界でも、少しずつではありますが再生医療の研究が進んでいます。近い将来、猫の腎臓病に対する再生医療が、全ての問題を解決してくれる、と私は信じています。

 猫の腎臓病の原因は不明です。このため、有効な予防策を講じることはできません。そこで、早期発見・早期治療が大切になります。
早期発見に関しては、是非とも多尿と多飲に注目して下さい。
検査を受ける場合、空腹時に採血・採尿して頂き、最低でもBUNやCre、そして尿比重はチェックするようにしましょう。
これらの検査で異常が見つかっても落胆しないで下さい。幸いなことに、犬と比べると猫の腎臓病の進行スピードは遅い傾向が強いからです。
しかし、念のため他の項目も検査して頂き、悪化要因の有無と数を調べましょう。そして、悪化要因が見つかったら、一つ一つそれを取り除きましょう。

 最後に、私は愛情療法という治療法は有効だと信じています。
ご家族が猫に愛情をもって接することで、病気が少し良くなったり、進行スピードが遅くなることが多々あるということを、私はいくつも経験してきたからです。
そして、上述してきた治療法と同じかそれ以上に、この愛情療法は有効だとも信じています。
腎臓病であっても、なくても、日頃からいっぱい猫と触れあい、たくさん話しかけて下さい。
そうすることで、腎臓病のリスクが減る、あるいは腎臓病の進行が遅くなると信じようではありませんか。

腎臓病の治療