飼い主様のご意見、特にご指摘について真剣に「聞く耳」を持ちましょう。
動物病院には、獣医師には届いていない飼い主様の声がたくさんあります。
獣医師への不満
「次に来た時は、別の先生にしてください」飼い主様がそうおっしゃる相手は、多くの場合看護師です。「この検査、こんなに高いの?だったら、□□だけでよかったのに」と漏らす独り言に近い本音の不満を聞くのも多くは看護師です。
看護師からよせられる多くの質問の中に「飼い主様の獣医師に対するクレームを伝えていいのでしょうか?」「本人に伝えたらいいのでしょうか?それとも院長にでしょうか?」というのがあります。
どうしたらいいのかわからないので、その方が次に来られた時、看護師はその方のカルテを前回とは別の先生に回すよう操作してしまうこともあります。山田さんはA先生には回さないという「看護師だけのルール」ができてしまっていることもあります。山田さんご本人が「先生には言わないでね」等とおっしゃることもあるので、飼い主様の望みをかなえるという点では、努力し、配慮されていると思いますが、この判断には看護師の方々の苦しさが見えます。組織としては根本的な問題を「回避」しているからです。
顧客(飼い主様)の不満が経営者と、その組織全体に伝わることがなければ、スタッフは問題意識を持つことができません。同じような不満は、常にいろいろな飼い主様の心に存在し続けます。いつの間にか転院されてしまってもその原因がわかりませんので、組織として改善するという方向へはいつまでたっても向きません。改善されないままなので、時にはこじれ切ってしまうような大きな問題が勃発することにもなりかねません。
「伝えていいか」という疑問を持つこと自体が、組織人としての教育がなされていないということの表れであり、「誰に伝えたらいいか」という疑問があるのは、組織としての脆弱さが表れています。院長に伝えるのは「告げ口」のような気がするという感じ方すらあります。個人としては、とても「いい人」であるに違いありませんが、組織人としての心構えの教育が施されないとこうなっていくんだなと思わざるを得ません。
看護師の立場
例えばその病院で一番長く勤務している看護師が「何となくリーダーのような感じ」というのはあるのですが、その人が「私は看護師長というわけではないので、後輩を指導したり、注意したりすることはおこがましい」と思っていることも多々あります。「いいのかな?どうなのかな?」と思いながらする指導には説得力がないし、何よりも本人が気疲れしてしまい、エネルギッシュになれません。まして「獣医師に対して」はほとんどの看護師がおこがましすぎてとてもできないと感じているのが現状のようです。だから、おそらくはその人が発見している問題は半分以上、「言葉にしないまま我慢している」のだと思います。問題発見能力や、改善意識の高い人が改善につながる発言を我慢しながら、やる気をもって働くことはできません。
このような現状を知る度に思います。動物病院が顧客満足に向かうには、看護師の接遇教育だけではとてもまかなえないと。
対処療法というのでしょうか。痛ければ痛み止めだけ出す、検査はしないというのであれば、根本的な原因がわからず、根本的な所で悪化していくのは組織も同じです。恐らくその点に気づいている看護師は多くいると思いますが、それでも獣医師への不満はなかなか伝えられません。なぜか……一番に「先生のご機嫌が悪くなる」というのがあります。
獣医師の先生へ
誰もが精一杯したことに対して「不満のようでした」と言われ、ご機嫌でいられるはずはありません。しかし、獣医師の先生方には自分の感情は自分が認識しているよりは、はるかに看護師の気持ちに影響するということを知っていただきたいと思います。組織内では感情コントロールを意識しないと、自分にとって、改善するポイントとなる情報は何も伝わって来ません。動物病院で働くならば、「飼い主様を満足させる」力は獣医療に関する知識の習得や技術の向上と「同じだけ」あるいは「それ以上に」必要であると私は思います。動物病院とは「そのような性質を持つ組織」だからです。
院長先生へ
院長先生は、飼い主様の不満を聞いたスタッフが「遠慮しないでそれを伝えられる組織」を作ることが「経営者として重要な仕事」であることをご認識ください。対人において判断能力の高いスタッフには、獣医師、看護師を問わず役職を与えて、公にしてください。飼い主様の不満を誰に伝えたらいいかと言うことがわからない組織では、トップである自分に重要な報告が上がって来なくなります。報告が上がって来なくなれば、自分の組織なのに、自分でコントロールできなくなります。「飼い主様の不満はまず、自分(または○○さん)に必ず伝えてください」と院長先生が日々、公言するだけで、全てのスタッフが葛藤から解放されます。
個々の動物病院で新人の獣医師の先生を研修させていただくことがあります。私は彼らに必ずこう伝えます。「どんなにベテランでも看護師は獣医師にとても気を使います。先生が新人であってもです。だから先生の方からどんなことでも、どんどん指摘をお願いします。と看護師さん達にまず言ってください。毎日一日の終わりに、今日は何か不適切なことをしていなかったでしょうか?とかアドバイスをお願いします等と、自分から言ってください。先生にとって価値ある情報がたくさん看護師からもたらされると思います。そして先生は看護師から信頼を得られる獣医師になれます。看護師から信頼を得られれば、飼い主様から、信頼を得られます。リラックスして、獣医師の腕を存分に発揮できる環境をご自身で作られることになるのです」と。もしも院長先生が同じように、スタッフさん全員にこのように伝え、ご自身もこれを実践されたら、病院は変わると思います。
組織人として
自分に対する注意を「言ってください」「教えてください」と自分が先に言っておきましょう。そう言っておけば、伝わってきたことは、たとえ自分にとって、嬉しいことではなくても、それほど大きなストレスにはなりません。同じことでも「相手の判断で言われたこと」は何倍ものストレスになります。感情をコントロールするのが難しくなります。
更に「判断した相手」も「相当の気を使って」という経緯があるのが通常です。動物病院の「気遣い」のエネルギーが院内で膨大に使われてしまうなら、「飼い主様の満足」に向けるエネルギーが少なくなってしまうのは当然でしょう。
私は自分のほとんどのセミナーに関してアンケートを取ります。ダイレクトに受講の方の声を聞くためです。無記名にして「どうぞ何でも言ってください」という構えで実施します。どんなに努力しても「大満足」という答えばかりが返ってくるわけではありません。そんなことは、一度もありません。慣れないうちは、落ち込むような事も多々ありました。しかし、自分の改善点を教えてくれるのは、「顧客の声」しかないのです。
皆さんは、特別な縁があって、同じ組織で働いています。経営者、スタッフ、獣医師、看護師…それぞれの立場から、飼い主様の声を全体で受け止められる組織にしていく働きかけを「お互いに」なさってください。全員で一緒になって飼い主様の「思い」に向き合ってくださることを飼い主の一人として願っています。
著者紹介
- 動物病院接客コンサルタント
坂上 緑(さかがみ みどり)
- ●動物病院ホスピタリティマネジメント研究会代表
- ●大阪ペピイ動物看護専門学校 非常勤講師
受付業務・接客応対
- ●動物病院に特化した接客セミナー・講演を全国展開
- 【出版物】
- 『飼い主さんとのコミュニケーション講座』
- 『動物病院スタッフのジョブトレーニング講座』
- 書籍・DVD(インターズー)
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