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犬猫の腫瘍外科の考え方と基礎

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酪農学園大学 獣医学群 獣医学類 伴侶動物外科学ll 遠藤 能史

第2回 ~犬猫の腫瘍外科の考え方と基礎的な技術~

ベッツワンプレス 2015夏号(Vol.43)

はじめに

第1回目では腫瘍外科の総論について述べさせていただいた。第2回目以降は根治を目的とした腫瘍外科、つまり腫瘍を完全切除するために必要となる知識や技術に関して述べさせていただく。今回は完全切除をするために術前に考えるべき事について述べさせていただく。

完全切除をするために術前に考える事

 根治を目的とした腫瘍の外科的切除法は反応層周囲の正常組織を切除縁とする広範囲切除や腫瘍の発生した組織を全て切除する根治的切除法が適応となることを前述した。これらの手術法で根治、つまり完全切除を達成する上で最も重要な事は適切な切除縁(マージン)を術前に決定する事である。切除縁の決定を誤ると当然のことながら不完全切除となり、生体に腫瘍細胞が残存し根治は達成されない。適切な切除縁の決定する上で重要な事は2点挙げられる。1つ目は、腫瘍が解剖学的にどの程度広がっているかを正確に見極める事。二つ目は腫瘍周辺の正常組織の切除縁を適切に決定する事である。

腫瘍の解剖学的な広がりを正確に把握する

 切除縁は腫瘍の広がりを元に決定するため、まず腫瘍の正確な広がりを術前に把握しなければ、正確な切除縁を決定する事は困難となる。その際、最も重要な事は触診や視診、画像検査(レントゲン検査、超音波検査、CT検査、MRI検査など)などの検査にて腫瘍の広がりを解剖学的に理解する事である。腫瘍の発生部位により適切な検査法は分かれる。例えば、皮膚や皮下組織、軟部組織に発生した触知可能な腫瘍では触診や視診は腫瘍の正確な広がりを把握するために重要な検査となる(図1a、b)。単純レントゲン検査は軟部組織や臓器に発生した腫瘍の詳細な広がりを評価するのは困難であるが、骨腫瘍や腫瘍の骨浸潤を評価する上で有用である(図2a、b)。超音波検査は膀胱や消化管などの内蔵臓器に発生した腫瘍などの詳細な広がりを確認する上で有用な検査法である(図3)。また、CT検査は造影検査と組み合わせる事で軟部組織に発生した腫瘍の詳細な広がりや由来不明な体腔内の巨大腫瘤の由来や広がりなどを正確に把握する事が出来る(図4a、b)。他には内視鏡検査など様々な検査法やその技術法があり、それぞれの腫瘍によって必要な検査は異なるがその詳細に関してはここでは省かせていただく。腫瘍の完全切除に臨むにあたって獣医師はまず腫瘍の解剖学的な広がりを正確に把握するために上記の検査法を適切に組み合わせなければならない。

図1a,1b,2a,2b

図3,4a,4b

腫瘍周辺の正常組織の切除縁を適切に決定する

 適切な切除縁の決定に重要な事の2つ目は、どの程度腫瘍の辺縁から正常組織を切除するか?である。前述したとおり術前に正確な顕微鏡レベルの腫瘍の広がりを肉眼的に確認する事は困難である。そのため、腫瘍周辺の正常組織を十分に取り除く事が重要となるが、過剰な切除は生体機能の喪失や容貌の変化につながる。そのため、腫瘍周辺の正常組織を適切に切除する事が重要である。
 まず注意しなければならないのは腫瘍の浸潤が発生した臓器に限定されるのか否かを見極める事である。前回の手術法の説明で例を挙げたように(大腿二頭筋に発生した腫瘍)、単一組織に腫瘍が限局し、発生組織に包まれている腫瘍ではその組織のみで切除の程度を考慮すればよい。このような腫瘍は肺や肝臓といった体腔内臓器に発生した腫瘍が一般的である(図5a、b)。その一方で、皮膚や皮下組織、軟部組織などに発生した腫瘍の多くは隣接する臓器や組織に接している(浸潤している)事が多く、前述した考え方のみで根治する事は難しい(図6)。皮膚腫瘍を例に考えると、腫瘍は厚みも幅もあり隣接する組織(ここでは皮下組織や筋膜)に接するため、腫瘍の存在する皮膚のみの切除縁(水平マージン)を切除するのでは不十分であり、皮膚腫瘍が接する皮下組織や筋膜、筋肉まで含めた切除縁(底部マージン)の決定が必要である(図7)

図6,7図5a,5b

 現在、小動物獣医領域において一部の腫瘍で正確な切除縁の程度が報告されている。例えば、グレードIIの犬皮膚肥満細胞腫では水平マージンを2cm、底部マージンを筋膜で切除する事で約9~10割の症例で完全切除が可能であった。軟部組織肉腫では2~3cmの、犬口腔内悪性黒色腫や扁平上皮癌では2cm程度の正常組織を含める事が推奨されている。
 しかしながら、他の腫瘍に関しては完全切除可能な正常組織の切除範囲は不明である事が多い。また、推奨されている腫瘍周辺の正常組織の切除を確保が解剖学的に困難な症例も存在する。その際の重要となる考え方はバリアとなる正常組織でできるだけ腫瘍を包み込んで摘出する事である。ここで言う“バリアとなる組織”とは、腫瘍細胞が容易に浸潤および突破する事の出来ない組織を言う。“バリアとなる組織”はコラーゲンなどの結合組織が豊富で、血流の乏しい組織であり、代表的な組織として筋膜や骨膜などが挙げられる(図8)。一方、“バリアとならない組織”、つまり腫瘍細胞が容易に浸潤できる組織は脂肪や実質臓器などが挙げられる(図8)

図8,9

 図6のワクチン関連肉腫の症例を例に考えると、腫瘍は皮下組織に存在し、周辺の皮膚、皮下脂肪組織、筋肉、骨に接している(図9)。また、僧帽筋の一部は造影増強されているため筋肉内まで腫瘍が浸潤している可能性が疑われる。まず、水平マージンに関しては猫の軟部組織肉腫であることから腫瘍から2~3cmの皮膚および脂肪組織が切除縁となる。底部に関しては腫瘍および腫瘍の浸潤している可能性のある脂肪組織や筋肉が僧帽筋およびその底部の脂肪組織や広背筋、肩甲骨、棘突起が接している。底部にバリアとなる組織を確保して底部マージンを考えると、左側から左僧帽筋、棘突起、最長筋筋膜、背鋸筋筋膜菱形筋の一部、肩甲骨、広背筋の一部を底部マージンとして考える。上記のように、様々な組織に接する腫瘍ではバリアとなる組織で包み込んで腫瘍を摘出する計画をたて完全切除を目指さなければならない。